第105話 4月6日(……大丈夫)

「――って、聴いてる?」

「んー……ちゃんと聞いてるよ」


 茉莉は紙パックに入った紅茶を飲みながら生返事で答える。

 本当かな? と、いぶかしむ私に、彼女は噛んでいたストローから口を離し訊ねた。 


「そもそも、なんでまた泊まることになったのよ」

「なんでって……夕方に呼び出されたから?」


 首を傾げて答えると、茉莉は溜息を吐く。


「断ればいいじゃん?」

「断り切れなかったし、断る理由もなかったから……」


 珈琲カップへ口付け、言葉を濁す。

 すると、カップを傾けながら虚空と見つめ合う私に、


「ちなって、めちゃくちゃ押しに弱いよね……普段からうだうだやってるくせに、誰かから告白されたらあっさり付き合っちゃいそう」


 茉莉から頷く訳にはいかない難癖が飛んできた。


「……それとこれとは全然違うでしょ?」

「本当? 彩弓さんがもし男だったら?」

「……バカみたい。そもそも彩弓さんは女の人だし」

「……ちなってさ、彼女がいる男の人だったら安全――とか思ってそうだよね」


 茉莉は空になった紙パックから空気まで吸い上げ、ペタンと潰れた容器をゴミ箱へ投げ入れる。


「……そんなこと、ない」


 視線を逸らしつつ答えた途端、親友の口から深い溜息が漏れた。


「そんなことないことないっての。あんたの大好きなお兄さんだって、立派な彼女持ちの男でしょうが」

「……は?」


 一瞬、茉莉の言ったことが理解できず、棘だらけになった声が出る。

 しかし、


「…………あ」


 彼も一応は条件に当てはまるのだと気付き、後から情けない短音が漏れた。


「……彼は、例外。幼馴染だし」

「まぁ、そう言うと思った……」

「大丈夫。それに、相手が男の人だったら……そもそも仲良くならないと思う」


 直後、茉莉はぽかんと口を開けたかと思えば、目線が冷たくなっていく。

 まさに、開いた口が塞がらないという言葉を体現しているみたいだった。


「信じられない」

「……なにが?」

「ちなの頭の中から楠のことがすっ飛んでることが」

「え……?」


 私が再び首を傾げると、茉莉の口から三度みたび溜息がこぼれる。

 そして、溜息の理由を訊ねようとした瞬間、スマホに通知が入った。


「……彩弓さんからだ」

「何て?」


 茉莉にスマホの画面を見せる。

 そこにはただ一言、『来い』とだけ書いてあった。


「……もしかして、彼と間違えたのかな?」

「……ところでさ? 昨日、彩弓さんが寝過ごした話。実は体調悪かったりしないよね?」


 それからすぐ――私は彼に連絡を入れ、彩弓さんの家へ向かった。

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