第89話 3月21日(……私、そこまでめんどくさくない、よね?)

「お姉ちゃん、今良い? ――って、ちなみちゃんだ」


 茉莉の家へ遊びに来てすぐ、部屋を覗いた陽菜ちゃんと目が合った。


「えっと、いらっしゃいませ。あと、昨日はありがとうございました」


 ぺこりとお辞儀をする陽菜ちゃんへ「お邪魔してます、こちらこそ」と返す。

 すると、彼女はくしゃりと笑い、どこか遠慮がちに茉莉へ目線を移した。

 しかし、


「何? どうしたの?」

「ううん、ちなみちゃん来てるなら後でいいや」


 陽菜ちゃんは何も言わず、ひらひらと手を振って部屋から出ていく。

 その背を見送った後、


「ねぇ、陽菜ちゃん……なんか疲れてなかった?」


 思い浮かんだ疑問を口にすると、茉莉が頷いて返した。


「あ、やっぱりわかる?」

「わかるって言うか……心当たりあるから」


 心当たりというのは渚ちゃんだ。

 昨日、渚ちゃんは陽菜ちゃんが来た途端、剥離剤を使ったみたいに私から離れていった。

 もちろん、その後は陽菜ちゃんにべったりだったのは言うまでもない。

 おかげで私は渚ちゃんと良い距離感で過ごせたのだけど。

 一日中、苦い顔をする陽菜ちゃんが目に入るたび、罪悪感が生じたものだ。


 でも、おかげで一つわかったことがある。


「渚ちゃんって、陽菜ちゃんのこと好きだよね?」

「好きだろうね。陽菜の方は苦手意識が勝ってるみたいだけど。でも、それで突き放さずに面倒見てるあたりが……我が妹ながらなんというか」


 直後、大きな溜息を吐いた茉莉を笑うと、痛くない蹴りが飛んできた。


「ねぇ、茉莉? もしかして、渚ちゃんが陽菜ちゃんの好きな男の子を好きって、ちょっと違うんじゃない?」


 「どうしてそう思うの?」と訊く茉莉へ、私はちょっとした予想を話す。


「そもそも、渚ちゃんが楠に『ブローチがほしい』って言ったの、陽菜ちゃんのブローチを見たからじゃない?」


 すると、茉莉は「まさか!」と頭につけて、私の予想を継いで話した。


「謙吾って子が好きなのも、陽菜が好きな男の子だから? 真似してるだけ?」

「そういう可能性もあるかもね。私を『お姫様』って言ってたのも、案外陽菜ちゃんの代わりだったんじゃないかな?」


 もしそうなら少しだけ気が楽になる。

 陽菜ちゃんも渚ちゃんが嫌いって訳じゃないみたいだし。


「なんだかんだ、仲良くなってくれたらなって、私は思うよ」


 だが、つい口元に笑みが浮かぶ私を見て――、


「姉としては、妹にまでめんどくさい友達は持って欲しくないけどね」


 ――なんて、茉莉は冗談を言った。

 ……冗談だよね?

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