第88話 3月20日(姉妹揃って……ふふっ――)

「今日、バレエのレッスンは大丈夫だったんですか?」


 再会して間もなく渚ちゃんの口から飛び出した言葉に、私と楠は頭を抱えた。


「えっと……」


 嘘を吐きたくはないが誤魔化すこともできず返答に困っていると、


「休みだから今日来れたんだろ?」


 楠が助け舟を出してくれる。

 しかし、そもそも渚ちゃんの勘違いは楠のせいなのだけど……。

 意識せず引きつる笑顔で渚ちゃんに答えてから楠をにらむ。

 すると、楠はさっと目線を逸らしてしまった。


 ……誰のせいでこんな状況になっていると思っているんだか。

 皮肉の一つでも言ってやろうかと思った矢先――、


「つまり、渚のためにお休みしてくれたのっ!?」


 ――渚ちゃんの口から放たれた矢笛みたいな声に、皮肉は引っ込んでしまう。


「……その、た、たまたま?」


 苦し紛れに絞り出した返事を聞いているのかいないのか……渚ちゃんはぎゅっと抱き着いて来た。


「渚ちゃん、ちなみのこと大好きなんだね」


 最初、夕陽は身長差のある一方的な抱擁を見て微笑ましそうにしていたのだが、


「うんっ! ちなみちゃんは渚にとってお姫様なの!」

「ふっ――」


 渚ちゃんがキラキラした瞳で私をお姫様呼ばわりした途端、むせたように吹き出す。

 それから明後日の方を向いたかと思えば、静かに肩が震えはじめた。


「……何?」

「いや、ごめ――す、素敵なんじゃないかな」


 楠の妹が相手だからだろうか?

 はっきりズバッという夕陽の切れ味がまるでない。

 普段なら『お姫様? 不愛想な市松人形の間違いじゃない?』とか言いそうなのに……。


「はぁ……」


 思わず溜息が漏れる中、茉莉達、早く来ないかなと考えながら天を仰いだ。




 そうして、渚ちゃんに抱きしめられながら巻き昆布の気持ちを味わっていると――、


「ごめん! お待たせ!」

「お待たせしましたっ!」


 ――聞き慣れた声に、つい口元が綻ぶ。

 だが、


「あれ? 陽菜ちゃん? 陽菜ちゃんだっ!」


 私よりも表情を綻ばせ、花開くように笑う子がいた。


「な、渚ちゃんっ?」


 何故か……渚ちゃんとは対照的に陽菜ちゃんの顔は接着剤を塗ったみたく固まったのだけど。


「やっぱり知り合いだったの?」


 九条姉妹に訊ねると茉莉は首を傾げ、代わりに陽菜ちゃんが、


「前に話した……調理クラブで一緒の子」


 と苦い表情で答える。


(ああ、謙吾くん陽菜ちゃんの好きな子が好きなクラスが違う調理クラブの子って渚ちゃんだったのか)


 私は一人で頷きつつ……九条姉妹はそろって楠兄妹が苦手なんだなと、堪え切れずに笑ってしまった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る