第90話 3月22日(茉莉からこう言うことってあんまりないから……)

 両親に心配を掛けたくないからと、剣道部をやめたことは黙っていた。

 けれど――、


「智奈美、今年はいつおじいちゃんの家に遊びに行く?」


 ――母の一言で、それももうおしまいだと覚悟する。


「…………いつでもいいよ」


 祖父に会えばきっと、一目で部活をやめたことがバレると思った。



『ま、おじいちゃんの家に行くんじゃね』

「ん……ごめんね、誘ってくれたのに」


 電話越しに『いいよ』と言って笑う茉莉の顔が浮かぶ。


『でも24から三日間かぁ。あたしはどうしよっかなぁ』

「……何? 茉莉、暇なの?」

『まあね。去年は陽菜と出掛けたりしてたんだけどさ……あの子、なんて言ったと思う?』


 これが楠と渚ちゃんのことを訊かれたなら、私は『わからない』って答えていただろう。

 しかし、


「…………お姉ちゃん、うざいみたいな?」


 茉莉と陽菜ちゃんに関しては知っている部分も多く……つい、そんな言葉が口を衝いて出る。

 すると、


『ひどっ! 流石にそこまでキツイこと言われてないからっ!』


 茉莉は怒るよりも泣きそうな声で答えた。


『聴いてよ、ちなぁ』

「ん。聞いてるよ」

『陽菜ってば、もう五年生になるしいつまでもお姉ちゃんにべったりじゃないよ……とか言ってさぁ』

「…………」


 わりと、陽菜ちゃんの言い分が正論だと思ってしまうから良くない。

 ただ――、


『……ちな? ひょっとして笑ってない?』


 ――どこか疲れながらも、やっぱり陽菜ちゃんのことが大好きで……こうして姉離れされ始めてショックを受けてる親友の声は、聞いていてどこかほっとさせられた。


「そんなことないよ」

『……本当に?』

「ん。がんばったね、茉莉」

『…………』


 返って来るのは静寂。

 でも、しばらくして『すぅー……』っという細い息を吸う声が聞こえ、


『はあぁ……』


 呼吸音はすぐに大きな溜息に変わった。


『今の、もう一回言ってくれる?』

「はいはい。茉莉はがんばったよ」

『……もっかい』

「茉莉、がんばった」


 そんな何でもないやり取りが続いた後、茉莉は再び溜息を吐いて、


『ねぇ……いっそ、あたしもついていっちゃだめ?』


 珍しく彼女の方からわがままを言ってくれた。

 普段からあんまり人を頼りたがる子じゃないのに……実は本格的に地味なショックを受けてるのかもしれない。


 何より――こんな風に茉莉から寄りかかってもらえるのは新鮮で、


「……わかった。訊いてみる」

『えっ?』


 気付けば私は彼女との通話を切り、母に訊ねに行った。




「母さん、茉莉も誘っていい?」

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