第82話 3月14日(でも、じゃあ――できなくはないんですよね?)

「……コレ、私が一人で作るよりおいしいんじゃない?」


 彼が作ったホワイトデーのケーキを食べた途端、彩弓さんは苦い顔になる。

 その表情はチョコではなく敗北感を味わい悔しがっているようだった。

 しかし、一緒にバレンタインのチョコを作った仲としては、彩弓さんが調理スキルでそこまで劣るとも思えない。

 ただ……そういえば作ってる時、分量や焼き時間といった――いわゆる『きっちり』する要素はほとんど自分が指示を出していたっけ? とも思い出す。


「…………」


 結果、下手なフォローはできず、代わりに――、


「少し、食べてみたいです」

「何を?」

「彩弓さんのお菓子」


 ――そんな要望が口を衝いた。

 直後、彩弓さんのフォークを握る手がぴたりと止まる。


「……彩弓さん?」


 首を傾げて訊ねると、彼女は低く唸った後、


「ま、まあ……そのうちね?」


 なんて言葉を濁した。

 珈琲カップにミルクを注ぎ、スプーンでいそいそとかき混ぜる姿が……なんだかない。

 彩弓さんの対面に座る彼へ目線を投げると、ただただ静かに笑っていた。

 つまり……彼は今、『なにも言わない』をしている最中だ。

 隠すようなことでもないけど、話せば彩弓さんの機嫌を損ねる……そんな所だろうか?


 私は珈琲カップに口づけながら喉を鳴らし、


(彩弓さん……一人だと料理するの苦手なのか)


 胸中で辿り着いた結論に黙って頷いた……のだが、


「ねぇ、ちーちゃん? 澄ました顔してないで何か思いついたなら言ってごらん? 予防線張っちゃって、


 善意で黙っていたら、彩弓さんの方から突っかかって来た。

 しかも、わざわざ年上であることをアピールしながら。


「嫌です。言ったら絶対拗ねますよね? 

「…………まあ、拗ねるね」


 急に口調が重くなった様子から見て、既に拗ねているみたいだ。

 私は改めて『この人、めんどくさい人だな』と思いながら、


(このまま黙っていても、それはそれで拗ねるんですよね)


 自分が知る彩弓さんの人柄を考えた上で遠慮なく訊ねた。


「……彩弓さん、一人じゃ料理できないんですか?」


 一瞬、銀の弾丸を脳天へ喰らった怪物のように彩弓さんが固まる。

 けれど、彼女はゾンビのようにだらりと俯いた後――、


「ち、違うから……今、練習中なだけだから!」


 ――不死鳥の翼が広がるみたいに両手を掲げ、力強く初心者マークであると宣言した。


「そうですか」

「前から思ってたけど……ちーちゃん反応薄いね」

「余計なお世話です」

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