第83話 3月15日【一番近くで失恋に寄り添うMy dear...】

「おはよう」


 向坂智奈美が教室へ入り席についた途端、九条茉莉は彼女のすそを引っ張った。


「……どうしたの?」

「どうしたの? じゃないでしょ。どうだったの? ホワイトデー」

「どうって……」


 挨拶を省いて詰め寄る茉莉に、智奈美の表情が苦くなる。

 智奈美は手提げ鞄を机に引っ掛けながら、淡々と答えた。


「別に……ただ、彩弓さんと一緒に彼の作ったケーキを食べただけだよ」

「……本当にそれだけ?」


 茉莉は親友の言葉を疑っている訳ではない。

 ただ、まためんどうなことに首を突っ込んでいやしないかと確認したかっただけだ。

 すると、彼女の心配通り――、


「あっ……」


 ――思い出したように、智奈美が口を開く。


「今度、彩弓さんの作ったご飯……か、お菓子? 食べに行くことになる、かも?」

「……かも?」


 言い切らない智奈美に茉莉が首を傾げる。

 長い黒髪が肩へとこぼれていく中、彼女はつまんでいた裾から指を離した。


「なんで『かも?』なの?」

「まだ、練習中なんだって。だから未定」

「へぇ……」


 茉莉は一人頷き、じっと智奈美の横顔を見つめる。

 智奈美がその目線に気付かない筈もなく、彼女は親友へ「何?」と不愛想な訊ね方をした。


「別に? ただ、仲良くなったんだなぁって……思っただけ」


 茉莉の声には、拗ねた子どもが発したような生えそろわないトゲがある。


「そう、かな……そうかも?」


 智奈美はそのトゲに触れないように曖昧な言葉で返した。

 しかし――、


「あのさ、ちな……?」


 ――問題にフタをするどころか……気付いていない智奈美へ、茉莉は荒んだ声が出てしまう。

 けれど、それは怒っているからではない。

 茉莉は智奈美を心配して、訊ねていた。


「つらくないの? 彩弓さんといるの」


 当然、この質問に智奈美は答えられない。


「えっ?」


 茉莉はとても答えになっていない呟きを聴いて――心で言葉に釘を打つ。


(……今、失恋の一番近くにいるのはちなだ)


 つぼみがつく前に日光を遮られるようなものだと、茉莉は感じた。

 いつか、智奈美が恋に気付いた時……つらくなるという予感があった。


(いっそ夕陽みたいにぱっと散ってみたら、芽も残るのかもしれないけど……ちなは根腐れしていきそう)


「はぁ……」


 溜息を吐いた茉莉へ、智奈美は戸惑いながら「さっきの、どういう意味?」なんて訊ねる。

 茉莉はひらひらと手を振ると、


「なんでもない……食事会する時、今度はあたしは呼ばないでね」


 話を逸らし、自身の無力感に苛まれながら机へと突っ伏した。

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