第77話 3月9日(……次の電車、何時?)

 授業がほぼテストの返却に費やされるこの時期は下校時間も早い。

 普段なら込み合っている帰りの電車も空席地帯が目立つ。

 しかし、私は長く広いイスには座らずドアへ寄りかかって窓から見える景色を眺めていた。

 夕日に赤らんでいない帰路の光景というのは……なんだか落ち着かない。


(……今日は、どうしよう?)


 試験期間が終わり部活動は再開されている。

 つまり、またどこかで時間を潰す日々が始まったのだ。


(いっそ、両親に話してしまえば楽なんだろうけど)


 胸の内で呟いた直後、車窓へごつんと額をあてる。


(……心配されそうで、嫌だな)


 明るい空とは対照的に気持ちがどんよりと沈んでいく。


「はぁ……」


 人目も気にせず深い溜息を吐くと、スマホへ通知が入った。


(……母さんだ)


 ドアにもたれかかりながらメッセージアプリを開く。

 すると、帰りにお使いをしてほしい旨が書かれてあった。

 すぐに『わかった』と返信しようとしたのだが、


(近所のスーパーで卵と牛乳……グラニュー糖と業務用チョコレート?)


 母から買って来てほしいと頼まれた品物のリストに、思わず首を傾げる。


(……なんで、今更チョコレート?)


 私と彩弓さんみたいに遅れてバレンタインチョコを作る訳でもない。


(まさか、父さん……ホワイトデーにチョコを手作りするつもり?)


 顔をしかめながら『なんでチョコ?』と打ち込む。

 パッと既読が付いた瞬間、母は間髪入れずに答えを返してきた。


 『お父さん、今年はホワイトデーのチョコ手作りするんだって』


  何故か楽しそうにマラカスを振る動物たちのイラストが続く。


(なんで喜んでるの……?)


 『父さん、チョコなんて作れるの?』


 父の心配をした訳じゃない。

 むしろ『やめさせなくていいの?』という意味合いでメッセージを送る。

 しかし、


 『大丈夫、母さんが隣でちゃんとサポートするから!』


 有名なネコのキャラクターが親指を立てて『バッチリよ♪』と言ってくる。

 このネコ――昔はぬいぐるみも持っていた気がするけど、こんなに腹の立つ顔だったろうか?


「はぁ……」


 再び溜息を吐きながら『わかった』とだけ送信した。


(普通に買ったチョコ渡すだけでいいのに)


 スマホをスリープモードに移行し、ポケットへしまいながら思う。

 でも、


(……どうするつもりなんだろ)


 ふと、彼はホワイトデーをどうするつもりなのかと考えてしまい――、


(別に、なにかしてほしい訳じゃないけど)


「…………あっ」


 ――気付けば、降りる駅を過ぎていた。

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