第76話 3月8日(……結構、真面目だよね?)

「まず、逢沢」

「……はい」


 数学の教師に名前を呼ばれ、夕陽が前に出る。

 彼女は返却された答案用紙を一瞥した途端、がくりと項垂れた。


「はぁ……」


 深い溜息を吐きながら席に戻る夕陽の点数は良くないらしい。

 対して、


「九条」

「はい」


 茉莉は意気揚々と答案用紙を迎えに行った。

 彼女は答案用紙を受け取った瞬間、満足げに頷く。

 くるりと踵を返すなり、軽い足取りに合わせて長い黒髪が揺れた。

 出来栄えは上々のようだ。

 すれ違いざま「どうだった?」と小声で訊ねる。

 すると、茉莉は唇を結んだまま笑い、点数だけ見せてきた。


『98』


「……いいね」

「でしょ?」


 茉莉は誇らしげな返事を残し、席へと戻る。


「次、楠」

「はい」


 楠は答案用紙を手にして「おっ?」と驚いた。

 まずまずの結果らしい。

 そして、


「向坂」

「……はい」


 そこまで悪い点は取っていないだろうと予想をつけながら、私は答案用紙と再会した。



「ちな、何点だった?」


 ほとんど自習時間になっていた授業を終え、茉莉が駆け寄ってくる。


「76点」


 赤いペンで書かれた数字を見せて答えると、彼女は「あたしの勝ちだね」と笑った。


「……勝負とかしてないでしょ?」

「それはそうだけどさ」

「それに、英語なら私が勝ってる」

「そこで英語得意科目を引き合いに出すのずるくない?」


 ぶすりとむくれてみせた茉莉だったが、すぐに、


「あ! けど、それだとあたしも一緒か」


 なんて言って、自己完結してしまう。

 私は軽く肩をすくめながら茉莉に向かって「別にいいんじゃない?」と返すのだが――


「……よくないわよ」


 ――どんよりと雨雲をまとったような夕陽の声がして振り向いた。


「そんなに悪かったの?」

「……うん。平均以下」

「何点? 見せてみ?」


 茉莉は夕陽からひょいと取り上げた答案用紙を私にも見せる。

 しかし、


「62点じゃん?」

「……確かに平均より下だけど、そんなに落ち込むほど?」


 想像していたよりもずっと高い点数に、思わず首を傾げた。


「そりゃ、じゃないかもしれないけど……真面目に勉強してこの程度点数ってのはまずいでしょ? それに今回は平均も高かったしさ」


 夕陽の落ち込み方を見て、私は「へぇ……」と感心する。

 もっと、彼女は部活のことしか考えてないタイプかと思っていた。

 でも……そう言えば、勉強会の時もかなり真面目だったな。


「な、なに?」

「別に。ただ、少し夕陽のことがわかってきたかもって」

「……バカだって?」


 むすっとした夕陽の頬を眺めて、つい口元が緩んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る