第72話 3月4日(……春休みなんてまだ先だし)
期末試験も四日目を終え、残る教科は副教科のみとなった。
しかし、副教科の試験は主だった五教科とは少しばかり趣きが異なる。
成績に深く関わる訳でもなく、比較的に問題が難しい訳でもない。
なので、私達はどこかウィニングランへ臨むような気分で、ゆったりと教科書に向かい……つい、雑談が増えた。
「それで? 昨日はどうだったの?」
雛祭りを話題にあげた途端、茉莉と楠の手が止まる。
「どうって……普通に楽しかったよ? ちらし寿司も上手くできたし、陽菜も喜んでくれたし」
茉莉がポケットからスマホを取り出しながら「写真、見る?」と朗らかに話す。
直後、手作りちらし寿司を写した画像に感歎の声があがった。
だが、
「はぁ……」
楠の口からは溜息がこぼれる。
二人とも妹と雛祭りを過ごしたのは同じ筈なのに、反応が正反対だ。
「……本当に、同じ年頃の妹の話をしてるのか疑いたくなるよ」
楠の言葉で、以前会った――一癖ある渚ちゃんを思い出す。
そして「何かあったの?」と訊ねてみれば、楠は愚痴のように話し始めた。
「雛祭りって……雛人形を部屋に飾るだろ?」
「何? 片付けたくないって拗ねちゃったの?」
「いや、そういうのじゃなくて……渚のやつ、知らない間に雛人形の道具で遊んでてさ」
楠曰く、渚ちゃんは雛人形の飾り――五人囃子が持つ楽器、菱餅や牛舎のような小さな装飾品を別の人形と遊ぶのに使ったらしい。
楠達が気付いた頃には安くない雛人形の装飾品が部屋へ散乱し「あれがない」「これがない」「あったかと思えば壊れている」と大騒ぎだったようだ。
「……そう、災難だったね?」
「兄妹って憧れてたけど、こういう話聞くと大変だなぁって思うよねぇ」
他人ごとにしか感じられない私や夕陽とは違い、茉莉は楠の話を聞きながら『何やってんだか』と呆れていた。
そんな中、
「でも、そっかぁ……二人とも妹いるんだね。ちょっと、会ってみたいかも?」
夕陽のふとした一言が、私達の間に波紋を呼ぶ。
二人の妹――陽菜ちゃんはともかく渚ちゃんのパワフルさを思い出し『えっ!?』という短音すら詰まっていると、
「……それなんだけどさ」
どこか申し訳なさそうに、おずおずと楠が口を開いた。
「よかったら春休みにでも、妹と遊んでやってくれないか?」
「えっ!」
「えっ?」
「……は?」
唐突な提案に三者三様の声がこぼれる中、私は再び渚ちゃんと会うことに――、
『お姫様ブローチのお姉ちゃん!?』
――若干の戸惑いを覚えていた。
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