第73話 3月5日(えっ? なんで? 本当に……?)

「「「…………」」」

「…………」


 誰一人として言葉を発さない教室に、ペンの滑走音が生まれては消えていく。

 しかし、誰も彼もがひたむきに期末試験と向き合っている訳じゃない。

 試験終了間近となればなおさらだ。

 既に解答を書き終え、暇そうにしている生徒が何人も見受けられた。

 体を丸めて寝ている子や、問題用紙の余白へ落書きをする子。

 解答用紙を監視役の先生へ提出し読書をする子もいた。


「…………」


 しまりのない沈黙が支配する教室は退屈で、あくびを噛み殺しながら時計と見つめ合う。


「……はぁ」


 長針よりも早く、私の退屈さが頂点に達しそうだな……なんて考えだした頃、


(……ん?)


 ――ポケットでマナーモードにしていたスマホが制服の中で震えた気がした。


(……何かの通知?)


 まさか、今この場で確認する訳にもいかない。

 と、考えたのも束の間――期末試験の終了を知らせるチャイムが学校中に鳴り響いた。


 直後、あっという間に不細工な楽器を鳴らし始めたのかと思う程の騒がしさが戻る。


「楽勝だったな――」

「ここの問題なんだけどさ――」

「お昼、どうする?――」


 期末試験終了という解放感に教室中が酔いしれる中、 


「じゃあ、後ろの席から解答用紙集めて」


 先生の声だけは淡々としていた。



 先生が教室から出ていった後、ポケットにしまっていたスマホを取り出す。

 通知欄を開き、先程の振動はメッセージ通知だったと確認した――次の瞬間、


「……は?」


 私は……思わず固まってしまい、


「お疲れー、さっきのテストどうだった?」


 問題用紙を片手に近付いて来た茉莉の声も聞こえなかった。


「……ちな?」

「…………」


 彼女の声に反応せず呆然としていたら、顔を覗き込まれる。

 そして、


「どうしたの?」


 首を傾げた茉莉の目線が、私からスマホへと移り――、


「……引っ越してきたって」

「誰が? どこに?」


 ――誰がどこに引っ越してきたのかを答える前に……茉莉は「……は?」と漏らした。



 『引っ越してきました♪』


 『♪』を携えて送られたメッセージの送信主は彩弓さん。



 『住所はココ↓』


 『↓』が指し示した住所は……私の家――もとい彼の家から目と鼻の距離。


 『そろそろテストも終わった頃でしょ』

 『いつでも遊びに来て良いからね!』

 『あ!』

 『まだ散らかってるから明日にでも荷物の整理を手伝ってくれると嬉しいな』


 なんて文章の最後に、こちらへ投げキスをする女性のイラストが添えられていて、


「…………」


 私はひたすら言葉を失った。

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