第70話 3月2日(……ごめん、楠)

「そういえば、夕陽は茉莉に何あげたの?」


 一限目――英語のテストが終わり勉強会メンバーで集まる中、夕陽へと話題を振った。

 しかし、彼女は机に突っ伏していた顔をあげるなり、苦しい表情でぼやく。


「……あんたテスト終わったばっかで余裕すぎない?」


 直後、茉莉から「ほら、ちなは――」と軽いパスが飛んだ。

 夕陽は全てを聞かずとも「ああ、そうだった」と頷く。


「智奈美は英語余裕だもんね……」

「……まあ、不得意じゃないけど。じゃなくて――」


 私は夕陽の肩をペンでつつき、続けた。


「あれから時間なかったし、どうしたのかなって。一応心配してたんだけど?」


 すると、夕陽が頭を抱えながら「普通にお菓子だよ」と答える。

 へばった夕陽に「そうなの?」と返すなり、茉莉が口を挿んだ。


「ま、まだそこまで深い仲じゃないしね?」

「そうそう。それに、茉莉はへんに祝っちゃうと『気を遣わせたなー』って思うタイプでしょ?」

「ん、だいたいあってる」

「ねー。だったら、消えモノ安定だよね」

「ねー。お菓子だと妹も喜ぶし。しょっぱいスナック菓子は甘いケーキ食べた後だとありがたかったよ」

「でしょ? ソレを狙ってのうすしおだったし。アレなら試験勉強のお供にもなるもんね」


「……」


 私の心配とは裏腹に……夕陽は手際よく贈るモノを決めていたらしい。

 しかも、なんだか茉莉との相互理解が進んでいるような気もする。


「……なんか、すごいね。処世術って感じ」


 なんて、思わず感心していると、



「智奈美はそういうの苦手そうだもんね」

「実際、苦手だしね、そういうの」


 何故か私のコミュニケーション能力を言及される流れになった。

 そして、このままではまずい……早々に話題をかえねばと思った矢先――、


「あ、あのさ……? もしかして、九条って昨日誕生日だったのか?」


 ――楠の一言で、一瞬だけ時間の流れが止まってしまう。


 心の中で(……そういえば楠には言ってなかったような)と考えつつ、夕陽へ目線を投げる。

 当然、彼女は『アタシが言ってるわけないじゃん!』という目でこちらを見てきた。

 その後、私達は恐る恐る茉莉へと眼差しを移したのだが、


「そだよ? 言ってなかったけど」


 彼女は、なんともあっけらかんと答えた。


「……えっと、その――後で飲み物を奢らせてください」


 申し訳なさそうに申し出た楠を見て、茉莉は「気にしなくていいのに」と呟き――、


「そこまで言うなら奢られてあげるよ」


 ――楠の罪悪感を楽しむように笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る