第69話 3月1日(……なんで笑ったんだろ?)/【それでもハードカバーを持ち歩く】

 今朝は誰も彼もが教科書やノートとにらみ合っていて、茉莉も同じだった。

 教室へ入った途端見えた後姿は、自分の誕生日に浮かれていない。

 彼女は今、自作したルーズリーフと見つめ合い最後の仕上げにかかっていた。


「おはよう」


 集中する茉莉に声を掛ける。

 すると、彼女は顔をあげ、


「おはよ。あっ、メッセージありがとねっ」


 にこりと微笑みながら頬を緩めてくれた。


「まあ、あれくらいはね」


 どこか素っ気なく答えながら、鞄を自分の陰で隠す。

 別段、サプライズを狙って秘密にしてる訳じゃない。

 けど、せっかくならテストが終わった後で落ち着いてから渡したかった。


「……」


 だから、机へ置いたかばんの中身が見えないよう……慎重にファスナーを開けていく。

 しかし、


「……ちな?」

「……っ!」


 突然、茉莉から声を掛けられびくりと肩が震えた。


「……な、なに?」

「なんかニヤニヤしてない? らしくないよ?」

「…………そう?」

「まったく。他人の誕生日で浮かれないでよね?」


 ……バレてはいないと胸を撫でおろしつつ、


(……そんなにニヤついてたかな?)


 思わず頬に触れてみて――本当に口元が緩んでいたから、自分で驚いてしまった。


◆ ◆ ◆


 初めて向坂智奈美と出会ってからしばらくして、後の親友に対して茉莉が抱いた印象は、


(……本みたいな子だな。それもハードカバー表紙の硬い四六判


 だった。


 もしも彼女に説明を求めれば――、


 気難しくて、とっつきにくそうな雰囲気が、硬い厚紙を表紙にしてるハードカバーを彷彿とさせるでしょ? でも、めくったページを積み重ねて……そう、読んで知っていけばいくほど、妙に愛着が湧いて良さがわかってきて……そして何より! 四六判と同じで、持ち歩くには大きくて『』ところが最高に似てる!


 ――なんて答えが返ってくるだろう。


 つまり、九条茉莉にとって向坂智奈美はめんどくさい少女なのだ。

 そう、彼女はそれをわかった上で付き合っている。


 だからこそ、親友がハードカバーを誕生日プレゼントに選んだと知った途端、


「――っふふ、あははっ!」


 彼女は笑いを堪えられなかった。


「…………『何コレ?』みたいな反応されるかもとは思ったけど、笑うなんて」


 目の前で拗ねる智奈美に、茉莉は嬉しさを包み隠さず答える。


「ごめんごめん、ちゃんと嬉しいよ?」


 苛立つこともあれば、何やってるのよと呆れて怒りたくなる時もある。

 けれど、


「ありがとねっ! ちな」


 例え、めんどくさくても……四六判の本を持ち歩きたい理由が彼女にはあった。

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