第66話 2月26日(そうだよね……知らないよね?)

 急いで帰り支度を済ませると、茉莉は席から立ち上がった。


「ごめん! 先、帰るね!」

「ん。お疲れさま」

「お疲れー」

「お疲れ」


 私の声に夕陽達が続き、茉莉は笑って「じゃ、月曜がんばろ!」と言い残す。

 直後、彼女は長い黒髪を揺らしながら、追われるウサギのように教室から飛び出していった。


 すると、


「茉莉っていつも忙しそう」


 蛇口から滴り落ちた雫のように、夕陽がぽつりとこぼす。

 何気なく「そうだね」と返して彼女に向き直った途端、何故か目が合った。


「……何?」

「本当は一緒に帰りたかったんじゃない?」


 夕陽は視線を逸らしつつ「アタシらといるよりさ」と続ける。

 私は「別に?」と答え、ノートから離れたペン先を見つめて告げた。


「茉莉、本当に急いで帰るから、一緒に帰りたいなんて言ったら気を遣わせる。今日みたいな日はギリギリまで一緒にいてくれてるし」

「……ふーん?」


 夕陽は鼻を鳴らして頷き。


「そっか……付き合い悪いんじゃなくて、あれで一緒にいようとしてたのか」


 どこか嬉しそうに、口元を緩めた。


「なんか、あんた達のことわかってきたよ」


 ◆


 そして、勉強会の終わりがけ、


「智奈美、今日一緒に帰ろ」


 駅までは皆で帰ることが定型化していたから、わざわざ誘われたことに驚く。

 でも、


「……えっと、だから今日は女子だけってことで、楠はごめんね」


 謝る夕陽の姿で、意図はわかった。


「OK。じゃ、また来週。テストがんばろうな」


 楠の後姿を見送り、つい「よかったの?」と訊ねる。


「な、何が」

「それこそ、?」


 少し訊き方が意地悪だったろうか?

 そう、一人で反省していると、


「あ、アタシだって、普通に女友達優先するし」


 視線を逃しながら言う姿が、どこか可愛いと感じてしまった。


 ◆


 帰り道、ふと本屋の看板が目に付く。


「ねぇ、ちょっと寄ってもいい?」

「いいけど、なに買うの?」

「……買うかは決まってない」


 夕陽は「ふーん」と鼻を鳴らし、私の後に続いた。

 彼女は興味なさげに本の背表紙を眺めながら、時折、


「それ買うの?」


 と、私が手に取った本の表紙を覗く。


「……智奈美、そういうのが好きなの?」

「私じゃなくて、茉莉」

「……茉莉?」

「最近、読めてないってボヤいてたから……面白そうな本見つけたらあげたいなって思ってて」

「へー、誕生日でもないのに?」

「……えっ?」

「――えっ? ……まさか?」


 この日、夕陽はあと三日という微妙な時期に茉莉の誕生日を知ってしまった。


 

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