第65話 2月25日【姉君は放課後に普段らしからぬ】

 、茉莉は習い事の終わった陽菜を迎えに行った。

 だが、駅へ戻る途中。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


 急に訊ねられて驚き――それより自分が陽菜のいる方へことを驚いた。


「えっ? あ! ごめんっ、陽菜」


 茉莉は陽菜の隣を歩く。

 自覚がない過保護ゆえの行動だ。

 けれど今は陽菜の歩調を忘れたように、一人でぼぅっと数歩先まで歩いていた。


 しかも、


「お姉ちゃん、前!」


 振り返った直後、前から歩いて来た人とぶつかりそうになってしまう。


「す、すみませんっ」


 慌てて頭を下げ、謝罪した茉莉だったが、


「気にしないで。むしろ挨拶代わりにぶつかられてやろうと思ってたくらいだから」


 目線をあげた途端、彼女の顔は引きつった。


「……彩弓さん?」

「ん? 隣、可愛い子だね? ちーちゃんから乗り換えたの?」

「……妹ですよ」

「そんなの見たらわかるよ」


 からかわれたと気付くなり茉莉は唖然とする。

 けれど、彩弓は茉莉に見向きもせず、陽菜へ向かって身をかがめた。


「お名前訊いてもいい?」


 それは保育士を思わす声遣いだ。


「陽菜です。そこのダンス教室に通ってる小学四年生です!」


 後方の雑居ビルを指差した陽菜に、彩弓は「へぇ」と頷く。


「四年生か。思ったよりずっとお姉さんだ。じゃ、今のは失礼だね」


 彼女は屈めていた体を伸ばすと、声色も戻した。


「私は彩弓ね。あなたのお姉さんとは友達」

「……友達? 何それ初耳なんですけど」


 茉莉は挽いた珈琲豆を口へ突っ込まれたみたいな苦い顔になると、溜息混じりで訊ねる。


「しばらく、こっちには来れないと聞いてましたけど?」


 すると、彩弓は首を傾げ「先週までの話だね、それ」と答えた。


「かわりに明日から三連休。で、今から放置してた彼の家に行くつもりだったんだけど……」


 彼女は悩んだ末、茉莉に「今、時間ある?」と訊く。


「は?」

「悩みがあるなら、きいてあげよっか?」


 この時、茉莉は自分が彩弓から心配される程に弱って見えていたと知りショックを受けた。

 また、彩弓の言葉を何故か『からかいの一環』と捉えてしまう。

 彩弓も彼女を悩ます原因の一つだから仕方がないかもしれない。


 当然、茉莉の返事はNOだった。


「結構です! 陽菜、行こ」


 そして、背中を二つ見送りつつ彩弓は思う。


(なんか色々と一人で抱え込んでそうな子だけど……そういう意地でも誰かに甘えようとしないとこ、結構好きだぞ。九条ちゃん?)


 彩弓の笑みは今日も大人げない。

 茉莉との溝は未だ深いままだった。

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