第64話 2月24日(……なんか、悩んでる?)

 祝日を挿み二回目の勉強会が行われた。

 各々が思い思いに教科書やノートと向かい合い、静かな時間を過ごす。

 しかし、時計の針が一周した頃、


「……いかん。ちょっと飲み物買って来る」


 頬杖をつきながら現国の教科書とにらみ合っていた楠が立ち上がった。

 すると、ノートから顔をあげた茉莉のリクエストが楠へと飛ぶ。


「あ! じゃあ、あたしコンポタ飲みたい」


 だが、楠は苦い顔をするなり「まじか」と不満げにこぼした。

 まあ、気持ちはわかる。

 茉莉が飲みたがったコーンポタージュは、教室を出てすぐの自販機には売ってないからだ。


「あれって、たしか学食の方だろ?」

「って言いながら行ってくれるんでしょ?」


 直後、楠はむっと唇を結んで黙ってしまった。

 その後、口を開いたかと思えば、


「ほら、百円……奢るとまでは言ってねぇぞ」


 なんて悔し紛れに手を突きだす。


「わかってるってば」


 何故か茉莉も、財布を取り出しながら不機嫌な顔になった。

 そんな二人のやり取りを見ていると、楠から声がかかる。


「向坂は? 何かある?」


 まだ朝に買ったペットボトルのお茶が少し残っていたな、と考えた上で、


「缶珈琲。ブラックのやつ」


 私は財布から小銭を出して楠へ託す。

 最後に楠は夕陽へ向き直り「逢沢は?」と首を傾げた。

 けれど、夕陽はおそらく楠が予想していなかったであろう一言を返す。


「あ。アタシ、一緒に買いに行く。ちょっと外の空気吸いたいし」


 椅子から立ち上がり鞄から財布を取り出す夕陽に、つい『へぇ……』と感心してしまった。


「二人は本当に来ないの? ずっと座りっぱなしでしょ?」

「私は平気」

「体動かさずにいられないあんた達と一緒にしないで。それに、連れションはしない主義なの」

「連れションて……」


 茉莉はぶっきらぼうに言うなり、ひらひらと手を振る。


「じゃ、行くか?」

「あ、うん――すぐ戻るから」


 二人の背中を見送り、引き戸が閉まると……茉莉に刺すような目で見られた。


「……ちな、夕陽に気を遣った?」

「そういう訳じゃないけど……」


 『行けば茉莉が一人になるし』と言おうとして、やめる。

 今、茉莉を理由にしたら……彼女は怒る気がした。


「……今日、外寒いし?」

「……そりゃ、寒いけどさ?」


 ぽつりと呟き、茉莉は握っていたペンから指を離す。

 彼女は転がるペンに見向きもせず、窓と見つめ合いながら頬杖をつき、


「……やっぱ、あたしらも一緒に行けばよかったかな?」


 迷っていたと告白するように……小さな声でこぼした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る