第63話 2月23日【溜息姫は困ったお嬢様の親愛を一身に受けて……】
『普通でいようって、がんばってるってことだよね』
楠への失恋を経て、なお挫けない夕陽に対して智奈美が言った言葉。
(たぶん、前のちななら……あんなこと言えなかった)
ノートに走らせていたペンをピタリと止め、茉莉は考えて込んでしまった。
智奈美は恋愛に疎い。
もしくは、昔から特別な人が傍にいるから恋愛感情を自覚しないまま抱えている。
茉莉はそう考えていた。
だが、最近の智奈美は恋愛というものに触れる機会が増えている。
彼の恋人である彩弓さんと出会い、夕陽が失恋した姿を目の当たりにした。
結果、親友の歪んだ恋愛観が矯正され出したのではないか。
茉莉は最近の出来事をそんな風に捉えていた。
しかし、
「はぁ……」
智奈美に生じた変化を彼女はどうにも喜べない。
口から溜息が漏れるばかりで、良いことだと思えなかった。
それに、
(……まだ楠の気持ちとか、自分の気持ちに気付いたりはしてないんだよね)
心境に変化があったと言っても、それはあくまで茉莉から見た智奈美の姿だった。
しかも、智奈美に理解できる恋愛は、明確な提示があったものばかりだ。
(楠が真正面から告白でもしたらわからないけど、今はまだそうはならないだろうし……うん)
だが、茉莉は呆れながら頷いたのも束の間、すぐに『でも』と考え直した。
(でも、その内気付くだろうなぁ)
加えて、智奈美へ抱く楠の想いに夕陽が気付くことも踏まえた上で、
「はぁ……」
彼女再び深い息を吐く。
「……『いいんじゃない』じゃないよ、ちな」
茉莉は、夕陽をからかわないと決めた。
けれど、それは彼女が抱く真っ直ぐな恋心に心を打たれたばかりの決定ではない。
夕陽の恋は実らないと踏んだ上での心遣いだった。
茉莉は勉強机へうつ伏せになり、三度大きな溜息を吐く。
「はあぁ……」
重たい吐息はまるで有毒なガスのようだった。
底へ沈んでいくどんよりした溜息が、茉莉の胸中で渦巻く不平不満を引っ張り出す。
「彩弓さんと仲良くなっちゃうし、お兄さんにチョコを渡さないし、楠の気持ちには気付かないし、夕陽の恋敵の癖に仲良くなるし――」
彼女は親友が丁寧に書いた一問一答ルーズリーフの細く小さな文字へカリカリと爪を立て、
「――今頃、何考えてんだか……」
唇をつんと尖らせながら、不機嫌に呟いた。
智奈美が今、茉莉の誕生日プレゼントはどうしようかと頭を抱えてるなんて思いもせずに。
彼女の祝日は誕生日なんてすっかり忘れたまま、静かに終わっていくのだった。
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