第62話 2月22日(……やっぱり、茉莉は優しいよ)

 放課後、四人で教室に残り勉強会が始まる中、私は夕陽と隣り合って英語の仮定法を解説していた。


「『had it not been for』で『~がなかったら』って意味」

「うん?」

「じゃあ『had it not been for』に『your help』をつけたら?」

「……『あなたの助けがなかったら』?」


 首を傾げる夕陽に「正解」と告げた途端、表情が明るくなる。

 しかし、


「なら『had it not been for your help』の後ろに『 I could not have succeeded』をつけたら?」

「 え? I could not have さく……?」

「succeeded……ほら、成功するとかの」

「ああ! わかった! 『あなたの助けがなかったら、私は成功しなかった!』」

「惜しい。『あなたの助けがなかったら、私は成功』が正解かな」

「……どう違うの?」


 全文を訳させると、再び夕陽の表情に暗雲が掛かった。


「えっと……仮定法だから、可能性の話をしたいの」

「……かもしれない、的な?」

「そう。だから『成功しなかった』って言い切るんじゃなくて『成功しなかったでしょう』って言いたいの……わかる?」

「あ! そっか! だからね!」


 上機嫌で頷きながら、夕陽はノートに『Had it not been for your help I could not have succeeded!』と書いていく。

 何故『!』をつけたのかはわからないけど、とりあえず突っ込まずに『your help』の後ろには『,カンマ』を入れておくことだけ伝えた。


 すると、今度は向かいに座っていた楠から声を掛けられる。


「なあ、向坂。今のところ俺にも教えてくれないか?」

「別に、いいけど」

「あ! ならアタシにももう一回教えて! ちゃんとおさらいしときたいし!」


 二人の真剣な眼差しが手元に注がれる中、私は再び解説をはじめた。



「……夕陽、思ったより普通だったね」


 勉強会が終わった帰り道、茉莉の言葉だった。


「普通って?」

「楠と……気まずそうにしたり、逆にまだ諦めてないって感じでガツガツいったりしないから」


 夕陽の姿を思い出しながら頷き、私は独り言みたいに呟く。


「……普通でいようって、がんばってるってことだよね」


 すると、茉莉が意外そうな顔でこっちを見た。


「何?」

「いや、ちなからそんな言葉が出るとは」


 それから茉莉が「あんまりからかわないでいてやるか」とぶっきらぼうに言う。

 私は「いいんじゃない」と返した。

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