第57話 2月17日(……あなたは、いつもそうやって――)

 自販機から缶珈琲を取り出し、駅構内のベンチに座り直すのは何度目だろう?


「……寒い」


 こぼした独り言が白い息と一緒に空気へと溶けていく。

 昨日まで暖かかったのがまるで嘘のようだ。


「……」


 冬らしさが帰って来たプラットフォームで、私は熱い珈琲に口をつけた。

 偶然を装って彩弓さんと会いたいがために、学校が終わってからもう何時間もこうしている。


 けれど、


(……やっぱり、無理かな)


 そろそろ、約束もなしに会える訳がないと諦め始めていた。

 以前、彩弓さんとこの駅で会ったことがあるけど、あれは本当に偶然だった。

 彼女が乗り換えるため降車した所に、たまたま私が居合わせただけ……。

 狙ったからってできるものじゃない。


 それに、そもそも彩弓さんが『しばらくこっちに来れない』というのも『仕事が忙しいから』みたいな理由ではないかもしれないのだ。

 例えば、出張で遠くに行っているとか。

 もしそうなら、私のしていることには最初から意味がない。


「……はぁ」


 缶から口を離した途端、深い溜息が出た。


(……やっぱり、無理だ)


 そう思ってベンチから立ち上がろうとした時――、


「五回目だね」


 ――後ろから、そんな声が聞こえて振り向く。

 すると、頬につんっと彩弓さんの人差し指が触れた。


「……ごはいめ五回目、ですか?」

「そ、約束もなしに会うのがね」


 頬から指を離すなり彩弓さんの薄桃色した唇に笑みが差す。

 そして、彼女は悪戯っぽく、自慢げに、


「どう? 運命だって、信じる気になった?」


 そう訊ねてきた。

 だから『違います。ただ、私が彩弓さんに会いたくて、狙ったんです』とは……どうしても言えなかった。



 次の電車まで余裕がある訳でもないのに、彩弓さんはココアを買って私の隣へ座る。


「いいんですか?」


 訊ねると彼女は「よくはないけど……」なんて言ってから、


「でも、嬉しいでしょ?」


 と首を傾げた。

 その姿を見た途端、あれだけ文字に出来なかった言葉が――口からするりと出てくる。


「……チョコ。やっぱり、私だけじゃ渡せませんよ」

「それって……私に、気を遣ったから?」


「違います。私、二人に渡したかったんです」

「それは……なんで?」


 冬の空気みたいに冷たい透明な声が、疑問となって胸を刺す。

 でも、


「二人のことを、好きになりたいから……だと思います」 


 同じように透明なガラスのカフス――彼女のくれた大切なものが、私にそう告げさせた。


「一人だけじゃ、意味ないんです」

「……そっか。なら、しょうがないね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る