【三角形ではなく、私達は紐を結びあうように】

第56話 2月16日(…………次、いつ会えるかな)

 スマホの液晶画面が浅い水たまりみたいに覗く瞳を映し出す。


「…………」


 教室で真っ暗な画面を黙って見つめていると、茉莉が肩に触れてきた。


「……ちな? なに見てるの?」


 彼女の目は『なにも映ってないけど?』とでも言いたげだ。

 だから、知らぬ間に眠っていたスマホの電源へ軽く触れ、明るくなった液晶を見せる。

 そこに映し出されるのは彩弓さんからのメッセージだ。


『チョコ、渡せなかったの?』


 一見、飾り気のない字面が怒っているように思える。


「……彩弓さん、怒ってるのかな?」


 弱々しく不安をこぼした途端、茉莉は「なんで?」と訊き返してきた。


「むしろ、心配してるじゃん? コレは」

「えっ?」


 首を傾げてみせると、親友は彩弓さんからのメッセージに指差ししながら話し始める。


「だって、怒ってたら『なんでチョコ渡さなかったの?』とかじゃない?」

「あっ……そっか。そうかも?」


 しかし、声を漏らして頷く私へ、茉莉は『でも』と付け足していった。


「でも『なんで渡せなかったんだろう?』って不思議には思ってるかもね」

「……なんでって――」


 次の瞬間、彩弓さんを代弁した茉莉へと、胸中でくすぶっていた言葉が溢れてしまう。


「――彩弓さんが渡してないのに……渡せない、でしょ?」


 すると、茉莉は真っ直ぐに私を見つめながら、


「……義理なのに?」


 飾り気のない言葉で訊ねた。

 色のない透明な声で告げられた疑問を、まるで彩弓さんから聞かされたように感じてしまう。

 私は、目の前の親友にさえなんと答えて返せばいいのかわからなくて、


「…………それはっ」


 きゅっと結んだ唇をほどくこともできず、


「…………うぅ」


 彼女と重なっていた視線が、だんだん下へ下へと沈んでいった。

 そんな姿は見兼ねるのか、茉莉が急に優し気な声で私の気持ちを持ち上げようとする。


「ま、とりあえず返信しちゃいなよ。理由はいくらでも思い付くでしょ? 例えば……男子から逆チョコされて、告白を断るのに手間取ったとか」


 直後、離れた席から楠の咳き込む声が聞こえてきた。

 茉莉の冷たい視線が楠へと向けられる。


「……あの、ばか」


 誰とも重ならなくなった視線を、そっと彩弓さんのメッセージへと戻した。

 だが、なんと返信すればいいのか……気持ちを文字に起こせない。

 どんな風に書いてもなにか違うと感じ、心の中で何度も言葉を丸めて捨てた。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。

 気付いた時には『また、彩弓さんと偶然出会えたら』なんて考えていた。

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