第54話 2月14日(……………………)

 二月の半ばとは思えないほど暖かい陽気だった。

 だからこそチョコが入った袋片手にコートは脇へ抱え、彼の家の前をウロウロ出来ている。


「はぁ……」


 うつむきながらため息を吐いた瞬間――、


「……ウチ、寄ってかないのか?」


 ――ふいに彼の声が聞こえ、びくりと肩を震わせた。

 悪戯が見つかった子どものようにおずおずと顔をあげる。

 すると、開いた玄関から彼が訝し気な目でこちらを見ていた。


「よ、寄ってかない」

「そう、なのか?」


 残念いうよりも、心配するような声に目を逸らす。


「じゃ、じゃあ……」


 気付けば、行きたい場所がある訳でもないのに、駅へと足を向けていた。


◇ ◇ ◇


 のベンチに体をあずけ、何度目かわからない溜息が出る。

 スマホの画面を見ても『今から家に行ってもいい?』と、茉莉へ送ったメッセージには未だ『既読』がつかない。


「……」


 茉莉のに着いてから、既に時計の針が半周していた。

 このままぼうっとしていてもしょうがない。

 大人しく家に帰ろうかと考え始めた時、


「あっ」

「え?」


 重たそうな部活鞄を肩にかけた、逢沢さんと目が合った。

 だが、


「――っ」


 彼女はすぐさま目線を逸らし、鞄を肩にかけ直すなり早足で立ち去ろうとする。

 俯いた眼差しには、いつかのような威圧感もなくて――、


「あ、逢沢さんっ」


 ――思わず、声をかけていた。


「……何さ。トドメでも差したい訳?」


 錆びた釘のようにザラリとした、鈍く、でも鋭さを失っていない視線が刺さる。


「……そうじゃなくて。少し、話せたらなって」

「……」


 それから、逢沢さんは私から瞳を逸らすと、


「……もうちょっと、詰めてよ」


 重たそうな鞄を私との間に挿んでから隣に座った。


◇ ◇ ◇


「言っとくけど、謝ろうなんて思わないでよね」


 謝るタイミングを見計らっていた折にそう言われ、つい固まってしまう。


「な、なんのこと……?」

「もし『自分のせいで告白焦ったんじゃないか』とか思われてたら、すっごい癪だから」

「……」


 逢沢さんは私があげたチョコを頬張りながら、明後日の方向を見た。

 そして、


「中学の頃から好きだったの……」


 ふと、そんなことを話してくれた。


「そう、なんだ」

「だから、全然急とかじゃない」


 彼女はまたチョコを頬張ると……間を置いてから私へ訊ねる。


「……向坂さんも、コレチョコ誰かに渡せなかったの?」

「……まあね」

「ふぅん」


 逢沢さんは静かに頷くと、


「わざわざ日曜日バレンタインデーに渡したい相手だったんだ……」


 ひとり、何かに納得したように呟いた。

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