第53話 2月13日(そんなことできない……)

 逢沢さんが楠に告白をした。

 しょんぼりと肩を落とした逢沢さんの姿と共に、噂はすぐ広まっていき……。


「……」


 翌日。彼女が振られたことへ一抹の罪悪感を抱きながら、チョコ作りに勤しんでいたのだが、


(こっちもそのつもりでいくから……か)


 調理を始めてからずっと、思うように集中できずにいた。


(……まさか、あんなに真正面からいくなんて) 


 逢沢さんの宣戦布告みたいな言葉を、私はもっと後ろ暗い意味で捉えていたのだ。


「……はぁ」


 焼き上がったガトーショコラをオーブンから取り出した途端、溜息がこぼれた。

 粗熱を取っている間もぼうっとしてしまい、気付けば彼女のことばかり考えている。


 だって、結果的に私が逢沢さんを告白するよう焚きつけたかもしれないのだ。

 彼女の失恋は、自分にも責任がある。

 どうにもそんな風に思えて、心が重たかった。


 本当は、すぐにでも茉莉に相談したい。

 でも、逢沢さんのことは話していなかったから、相談しづらく、


(……彩弓さんなら、なんていうかな)


 気付けば、明日チョコを渡す人の顔が思い浮かんだ。


「……」


 その後、悶々とした頭でケーキを飾り付ける。


「……よし」


 出来上がった瞬間、彩弓さんへメッセージを打ち込み始めた。


『明日、彼の家にいますか?』

『二人にチョコを渡したくて』


 返信が来たのは数分後。

 最初の返事は短い一言だ。


『すごくうれしい!』


 でも、明るく始まった返事は次第に影を落としていった。


『ちーちゃん、そのチョコって?』


 一瞬、手作りに抵抗があるのかな? なんて不安を抱きながら『そうです』と返す。

 しかし、続く返信は想定外の方向へと転がり出した。


『ごめん、ちーちゃん』

『私、しばらくそっちに行けそうになくて』


 直後「……え?」と声が漏れる。

 『行けそうにない』という文字列が、脳内ですぐさま『渡せない』に置き換わった。


 手作りのお菓子だ。

 二、三日でもギリギリ……それ以降は、誰かに食べてもらうなんて考えられない。

 だから、


『仕方ないですね』

『日持ちするものじゃないですから』


 そう打ち込む。

 すると、


『ごめんね』

『でも、ありがとう』

『よかったら写真だけでも送って!』

『ちーちゃんの愛を写真だけでも!』


 なんて文章が続いた後、


『あ、せっかくだから私の分まであいつに食べさせといて』


 ……そう返信が続き、私の思考回路は思い切り混線した。

 だって、彩弓さんは

 なのに、私は――彼女を差し置いて、彼にチョコを渡せるだろうか?

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