第52話 2月12日(……あれ?)

 教室で、同級生がチョコを片手に浮ついた雰囲気になる中、


「今頃、陽菜が謙吾君にチョコあげてる頃か」


 茉莉は前髪をどんよりと垂らし、貞子になっていた。

 全くチョコがもらえなかった男子顔負けの落ち込みようだ。


 しかし、そんな親友の傍から、私はじっと逢沢さんを見ていた。

 正面から大見得を切った彼女のことだ。今日、どんな喧嘩を仕掛けてくるかわからない。


 だが、逢沢さんは教室へ来るなり女友達とチョコを交換した後、席に座ってずっとそわそわしていた。

 時折、鞄とにらみ合い、溜息を吐いたかと思えば視線が時計へ釘付けになる。


 ……私には、今の彼女が喧嘩を望んでいるとは思えない。

 自分の抱いた心配は杞憂なのでは? と、考え出した頃、


「うわぁ……」


 鬱々としていた茉莉の表情が、苦虫を噛み潰したような不機嫌顔になっていた。


「どうしたの?」

「あれよ、あれ」


 彼女があごで差した方を見る。

 すると、チョコの入った手提げ袋を持つ楠が教室へ入ってきた所だった。


「野球部、朝練終わったんだね」

「そこじゃない! 教室に来る前から、あんなにもらってさ……」


 茉莉が不満そうに楠へ鋭い視線を向ける。

 その視線に気付いたのか、楠は慌てて駆け寄るなり「よっ」と声を発した。


「何が『よっ』よ。何そのチョコ、もうあたし達があげる必要なくない?」

「しょうがねぇだろ、こういうのって断り方もよくわかんねぇし」


「聞いた? こういう奴が好きでもない女に告白されて、散々答えを先延ばしにしたあげく泣かせるんだよ」

「しねぇよ!」


 「どうだか」と言いつつ、茉莉は鞄からチョコを取り出すと、楠に渡す。


「ほら」

「あ、ありがと」


「ちなも」

「あ、うん」


 一歩遅れて、鞄からチョコを取り出す。

 曲がっていたリボンの形を直してから楠へ渡すと、


「……あっ、ありがとな。すっげー大事に食べるよ!」


 楠は頬を赤く染め、大げさに笑ってみせた。

 直後、眉間に深いしわを刻んだ茉莉が叫ぶ。


「言っとくけど! 14日にもらえてない時点で義理だから!」

「わ、わかってるよ」


 それでも、嬉しそうに楠が笑い返した時、


「く、楠くん」

「……逢沢?」


 逢沢さんが後ろ手に、何か持ったまま楠に歩み寄った。

 私は茉莉の腕を掴み、自分へと引き寄せる。


「ち、ちな?」


 一瞬、逢沢さんがちらりと茉莉を見た――次の瞬間、。


「す、少し……話良いかな?」


 ……彼女は上擦った声で、楠を廊下へと誘いだす。

 思い描いていた展開とずいぶん違う光景に、私は首をひねった。

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