第51話 2月11日(…………明日は、茉莉の傍を離れない)

 出来上がり、切り分けたガトーショコラのひとつにデコレーションを施していく。


 生チョコを薄くのばしながら表面をコーティングしたり、

 チョコレートホイップクリームを絞っていったり、

 正方形に整えた生チョコをちょんとのせたり、


 だんだんと飾り気のなかったケーキがそれらしくなってきた。

 すると、


「ちなってさ……性格に反比例して手先とか器用だよね」


 隣で作業を見ていた茉莉の口から、喜んでいいかわからない褒め言葉が漏れる。


「……それって褒めてるの?」

「まあ、一応? それに比べて……」


 親友の目線がすぅっと流れた先には、ケーキをにらみつける陽菜ちゃんがいた。


「……やっぱり、お姉ちゃんがやってあげよっか?」


 直後「いいからっ!」と、陽菜ちゃんはクリームの入ったしぼり袋を庇うように抱き締める。


「こういうのって、自分でやらないと意味ないと思うっ!」


 しかし、意気込んだ彼女が手にしたしぼり袋へ、ぐっと力を入れた途端――、


「……あっ」


 ――力加減を誤ったのか、クリームの形がぐちゃりと歪む。


「もうっ、お姉ちゃんっ!」

「あ、あたしのせいっ!?」

「やり直しするっ!」


 陽菜ちゃんは怒りながら別のケーキをデコレーションし始めた。

 茉莉は、そうやってケーキ相手に奮戦するする妹のことをどこか残念そうに見守っている。


「はぁ……いつの間にか食べる側からあげる側になっちゃって……」

「陽菜ちゃん、なんか一生懸命だね?」

「クラスに気になる男の子がいるんだって――」

「謙吾くんねっ!」


 私達の会話に口を挿むなり、陽菜ちゃんは大真面目な顔で話し始めた。


「クラス違うのに調理クラブで一緒になった子がね、謙吾くんのこと好きなの! だから今年は負けられない!」


 真剣な眼差しでケーキと対面する陽菜ちゃんは、まさしく恋する乙女といった感じだ。


「……だからこそ、お姉ちゃんが手伝ってあげるって言ってるのに」


 茉莉は今、妹の成長を素直に喜べないようだった。

 着実に姉離れが進んでいる現実をはかなみ、しょんぼりとしている。

 そんな親友の横顔を見つめながら……まだ、私は昨日起きた逢沢さんとのやり取りを伝えられずにいた。


(逢沢さん……茉莉がチョコを渡したがってると思ってそうだった)


 私は味見用の生チョコを指でつまみ、


「……茉莉?」

「ん?」


 心配そうに陽菜ちゃんを見つめていた茉莉の口へ、ぽいと押し込む。


「――んっ……な、なに?」

「何かあっても、私が傍にいるからね」

「……? あ、ありがと?」


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