第45話 2月5日(……え? それだけ言いに来たの?)

 子どもの頃から剣道をはじめて……少なくとも十年はやっていた。

 でも、やめて半年。

 何もせずにいれば――自然と体力は落ちる。




(やば……もうキツイ)


 体育館でバスケットボールを追いかける同級生に混じり、息が乱れる。


「ちなー! がんばれー、まだ走れるよ!」


 茉莉の身勝手な応援が聞こえた瞬間、彼女のポニーテールを後で思い切り引っ張ってやると心に決めた。


(て、いうか――)


「一点取った! 戻るよ!」

「向坂さんダッシュ!」

「取り返してこう!」


(――授業のバスケに、皆なんで本気なの?)


 走る同級生の背中に追いつきながら、その先頭に視線を投げる。


(逢沢さん――今は女バスの副部長だっけ……って、まさか)


 コートにいるメンバーをぐるりと見渡した途端、気付いた。

 今、私を含めたコートにいる十人の内、八人がバスケ部だ。


 しかも、もう一人は陸上部。


(なんで私、このチームに混ざってるの?)


 疑問の答えは出ないまま、教師が試合終了の笛を吹くまで私は走らされた。



 息も絶え絶えにコートの外へ出る。

 茉莉が座る壁際まで足を引きずり、彼女の隣へ着くなり壁にもたれかかった。

 すると、体がずりずりとずり落ちていく……。


「……しんどい」

「お疲れ、女バスに混ざってがんばったじゃん」

「ただ……走ってただけでしょ」


 ゆっくりと呼吸を整えながら答えていると、


「よう、走らされてたな」


 体育館の仕切りネット越しに楠が声をかけてきた。


「こら男子! 女子の方に混ざってくんな!」

「……お疲れ様って言いに来ただけだろ」

「ていうか……次、二人の番でしょ。いいの?」


 直後「「あっ!」」と、二人の声が重なる。


「じゃあ、行ってくる」

「すぐ戻って来るから」


 二人の背中を見送って、すぐ試合は始まった。

 そして、二人の動きを交互に目で追っていると、


「……ねぇ?」


 突然、話しかけられて振り向く。

 そこには女バスの副部長――逢沢さんが立っていた。


「向坂さんって部活やめたんだっけ?」

「……そう、だけど」


 彼女は眉間に浅いしわを刻み「ふーん」と声を漏らすと、


「どおりで、夏に比べて体力ないと思った」


 ……そう、バッサリと言い切った。


「……それだけ言いに来たの?」

「そういう訳じゃないけど」


 それから、逢沢さんは一度唇を結ぶ。

 彼女は男子の方へ視線を向けたかと思えば、


「向坂さんって、楠と仲良かったっけ?」


 そんなことを訊ね、


「……は?」

「……ゴメン。今の忘れて」


 それだけ言うと、すぐ私から離れていってしまった。

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