第42話 2月2日(……今、この子――なんて言った?)

 放課後、高校の校門に女子小学生が立っていた。

 高校生の視線を集める彼女は、黙ったままひたすら履いている運動靴とにらみ合っている。

 決して高校の敷地内には入らず、話しかけないでオーラを出す少女に話しかけるか迷っていると、


「渚っ!」


 後ろから楠の声が聞こえてきて――少女は顔をあげた。


「兄ちゃんっ」


 直後、渚と呼ばれた少女は校門を抜けて兄の元へ走る。

 その時、『 楠 渚 』と書かれた名札が見えて――しかも、名札の安全ピンには私が作ったブローチが飾られていた。


 視線が、自分の作ったブローチに引っ張られる形で少女を追う。

 すると、そこには疲れたような顔をする楠がいた。


「驚いた……一人で来たのか?」


 渚ちゃんが頷くと、楠は口元を緩め、努めて優しい声色で続ける。

 だが、


「……兄ちゃん、部活まだあるけど、近くで待ってるか?」


 その質問に渚ちゃんは頷かず、また首も振らなかった。

 彼女は時間が止まったみたいに、じっとして……ただ、指先だけがもじもじと動く。


 その、しゅんとうつむいたまま小さな体を縮こめる姿が、いたたまれなくて、


「楠――」


 つい、声をかけてしまった。


「――大丈夫?」

「向坂?」


 楠がこっちを向いた途端、つられるように渚ちゃんの目線も動く。

 ぱちんと彼女と目が合い――私はすぐに膝を折って渚ちゃんと目線の高さを合わせた。

 そして、


「……渚ちゃん、よかったら私と一緒にお兄ちゃんの部活が終わるまで待ってない?」


 ダメ元で彼女を誘ってみる。

 渚ちゃんは一度、目を伏せてからゆっくりと楠の方を見て……再び私へと向き直った。


 きゅっと結ばれていた渚ちゃんの唇が、おずおずと開かれる。


「……お姉さん、誰ですか?」


 それは、緊張を針で縫い付けたような固い声だった。

 けれど、彼女に心を開いてもらうための最初の一歩を、私はもう踏み出している。


 ぴんと伸ばした人差し指で、渚ちゃんが名札につけているブローチを指差した。


「私はね、コレを作った人だよ。この前はメッセージカードありがと。大切にしてくれてすごく嬉しい」


 次の瞬間、渚ちゃんが目の色を変えて叫ぶ。

 

「おっ、お姫様ブローチのお姉ちゃんっ!?」


 ……えっ? 何?


 誰が……


 あまりに荷が勝ちすぎる二つ名を与えられ、引きつった笑顔で楠を見る。

 楠はやれやれと首を傾げると、


「……本当に任せていいのか?」


 と、再度訊ねてくれたが……今更、渚ちゃんのキラキラと光る瞳に『やっぱり無理』なんて言えなかった。

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