第41話 2月1日(……どこもかしこも、バレンタイン一色)

 街が浮かれている。

 辺り一面、どこを見てもバレンタイン一色。

 立ち寄ったコンビニのショーケースから電車の広告まで……。

 甘い香りさえ漂ってきそうな街の雰囲気に、正直辟易としていた。


 いや、気後れしていると言った方が適切か。


「……私、本当にチョコ作るの?」


 口から出た疑問が冷たい空気の中に溶けていく。

 ついでに「はぁ……」と溜息を吐いてみると、どっと心が重たくなった。


 別に――今更、チョコを作ったり渡すことに否やはない。

 ただ、本当に私が渡す必要性があるのかという話だ。


 彼には彩弓さんという恋人がいる。

 なら、そもそも私が彼にチョコを渡すという流れからして変な筈だ?

 毎年渡してきたからって、今年も絶対に渡さなきゃいけないという決まりもない。


 ひょとして……やっぱり彼にチョコを渡さなくてもいいんじゃない?

 だって――私は彼のことが好きな訳でもないんだし。


「……ん」


 そして、次は彩弓さん。

 バレンタインって、そもそも女性から男性にチョコを渡す日でしょ?

 友チョコなんていって同性同士でチョコを渡す風潮があるのは知ってる。

 実際、私だって茉莉とチョコは交換するつもりだし。

 でも、彩弓さんはその――『友達』と言う訳じゃない。

 よくお世話になった人という訳でもないし……。

 そう。彼に渡さないのなら、こちらから彼女に渡す必要がないんだ。

 むしろ、渡した結果、相手に気を遣わせるだけかもしれない。

 最悪、『もらったらお返しをしなきゃな』くらいに考えていた方が良い気がする。


「……よし。やっぱり作らなくてもいいんじゃない?」


 と、独り言を教室でこぼした途端――


「何を作らなくてもいいって?」


 ――一瞬、茉莉に聞かれたかと思い、驚いて振り返る。

 すると、そこには楠が立っていた。


「……楠か」

「俺で悪かったな」

「そんなこと言ってないでしょ? むしろ、楠で良かったってホッとしてるくらい」


 そう告げた途端、楠の表情が和らいだように見える。


「そ、そっか」

「ん」


 楠に頷いて返した後、すぐ視線を逸らす。

 だが、ふと栗原堂へ行った時のことを思い出し、再び楠へと向き直った。


「……向坂?」

「……大したことじゃないんだけど、楠ってチョコ好き?」


 この質問に深い意味はない。

 ただ、茉莉に渡すなら、秋と楠にも渡してもいいかな……くらいの考えだった。

 だったのだけれど――、


「えっ? あっ! なっ――その、もらえるなら……何でも、嬉しい」


 ――その反応で、何故かすごく茉莉に怒られる気がした。

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