第38話 1月29日(そっか……楽しみなんだ、私)
ひび割れた
しかし、
「ちなー、今日一緒に帰ろー」
私の放課後は皆から一歩遅れて、茉莉に声を掛けられてから始まった。
「ん。いいよ」
教室に居残って読もうか迷い、ホームルーム中ずっと手元へ置いていた本をしまう。
それから、ふと視線をあげた時、ちょうど教室から出ていく楠と目が合った。
なんとなく目線を逸らさずにいると、楠が軽く手をあげる。
だが、
「……?」
それが挨拶だと咄嗟に気付けないでいると、しばらくもせず楠は教室を出て行ってしまった。
「何か、用だったのかな?」
首を傾げながら茉莉へと訊ねる。
すると、
「…………」
彼女は珈琲豆を舌の上で転がしているみたいな……苦々しい表情になっていた。
もしかしたら、楠がさっさと教室を出ていったのは茉莉に起因しているのかもしれない。
「……茉莉?」
「え? あ、何?」
「別に……帰ろっか」
そして、私達は教室を後にした。
◇ ◇ ◇
まだグラウンドに見える人影はまばらだった。
だが、部室棟へ向かう生徒や、大雑把な男子が人目も気にせず隅で着替える様子は目に入る。
そんな霧雨が降り始めたばかりの水面みたいな光景をぼんやりと眺めていると、
「ひょっとして、あんまり楠との間に入らない方が良い?」
茉莉が、そんなことを訊ねた。
「……何で?」
質問の意図がよくわからず、訊き返す。
茉莉が一呼吸置くと、どこか言うのを躊躇っているように彼女の唇がもにょもにょと動いた。
「…………その、さ。楠と仲良くしたいって言うなら、邪魔しない方が良いかなって」
歯切れの悪い言葉に、首を傾げる。
それから、一歩……二歩……と、並木道を踏み下りながらたっぷりと時間を置き、
「明日、三人で行くでしょ?」
一見、脈絡なく茉莉に訊ねた。
「……それは、行くけど」
「そう? じゃあ、私……明日がちょっと楽しみ」
だって、脈絡がなくて当然だ。
私には、茉莉の質問がよくわからない。
楠のことは……まあ、慣れて来たし、良い奴だと思う。
でも、楠と一緒にいたいとか、だから茉莉が邪魔、なんてことは欠片だってありえなかった。
「……私、たぶん三人で行くから楽しみなんだ」
「……そっか」
直後、茉莉は深く溜息を吐きながら肩を落とす。
「あたしは別に、あんな奴どうでもいいけど……でも、まあ――楽しみにしとこっか。明日」
「ん」
私達は隣り合って並木道を下っていく。
後ろからは部活に励む男子の声が聞こえだした。
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