第29話 1月20日(……茉莉?)

 昼休み。


「…………」


 せっかく買ったメロンパンが甲羅干しをする亀みたいに机の上で転がっている。

 無論、空腹を感じてない訳じゃない。


 でも、私の指先は今、食事を取ることよりもビーズと戯れることに執心していた。


 集中力という名のが、腹の虫を無視して『まだやろう』と囁いてくる。

 ……いや、別に悪いことをしている訳ではないのだけれど、


「……なんでまた作ってるの?」


 茉莉から弁当箱を片手に訊ねられた時は……何故か悪戯が見つかったような気分だった。



「へー……楠って妹いたんだ」

「そうみたい」


 箸でおかずをつつく茉莉から「ふーん」と相槌が返ってくる。

 作業が一段落した私は、ようやくメロンパンに手を付けた。


「もしかしたら陽菜ちゃんと同じ学校かもね」


 透明な袋の端が、ほどけるように裂けていく。

 そして、カリカリとした外円へかじりつこうとした時、


「……それはいいんだけどさ」


 急に茉莉の目線が杭のように鋭さを増した。


「なんで楠がそんなこと頼んでくるの?」


 その声音は彩弓さんからデートに誘われた話をした時と似ている。

 だから、


「……怒ってる?」


 いつかのように訊ねた。


「怒ってはない……というか、怒れないんだけど」


 茉莉は玉子焼きを箸でつまみ、呆れたと言うように肩をすくめる。


「……最近のちな、お願いされたこと何でもOKしすぎじゃない?」

「……そう?」

「そうだよ」


 視線を宙へ逃がし、メロンパンにかぶりつきながら考えてみた。

 確かに、最近――いや、部活をやめて以降、そういうことが増えたかもしれない。

 彩弓さんからデートに誘われても断らなかったり、茉莉のビーズ作りを手伝ったり。


 けどそれは、ぽっかりと空いた時間をむしろ有効に活用しているとも思っていた。


「……今、暇だし。何もしてないよりいいんじゃない?」


 しかし、それを聴いた茉莉は不満げだ。


「そりゃ、ずっとだらだらしてるよりはいいかもだけど……」


 彼女は面白くなさそうな顔で玉子焼きを口へ放り込むと……たぶん文句と一緒に飲み込んだ。

 そして、一拍置いてから「それで」と話しを戻す。


「なんで楠がそんなこと頼んでくるの?」

「それは……前に作ったブローチをあげたから」

「えっ? ちなが? 楠に?」


 茉莉がひどく驚いた顔を見せたものだから、怒られた時の倍は『いけないことをしたのか』と思ってしまう。


「……いけなかった?」

「いや、いけなくはないけど」


 それっきり、茉莉は昼休みの間中、何故かずっと難しい顔をしていた。

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