【約束ごとと頼まれごとのランナウェイ】

第28話 1月19日(私の周り……お姉ちゃんとお兄ちゃん多いな)

 放課後が訪れた教室で自分の席に座って本を広げていると、


「……向坂、頼みがあるんだけど」


 部活鞄エナメルバッグを肩から提げた楠が、ぬっと傍に立っていた。


「……どうしたの?」

「いや、その…………」


 この後、部活もあるだろうに『頼みがある』と言ったきり楠の話は枕で止まっている。

 唇を固く結ぶ姿は心なしか周囲の人目が気になるようで、


「もしかして――」


 体躯の良い体を縮こまらせる様子が、いい塩梅にヒントとなった。


「――この前あげたやつと、関係ある?」


 男子にとって人前でビーズの話題は抵抗があるのかと言葉を濁してみる。

 すると、楠の表情がぱっと明るくなった。


「そう! あれなんだけどさ。えっと……形とか色とか変えて、もう一個作ってくれないか?」

「もう一個?」

「うん。今度は材料費とかも、ちゃんと払うからさ」


 そう言って真剣な瞳で見つめてくる楠に、つい首を傾げてしまう。


「……楠って可愛いのが好きなの?」

「それは違う」

「照れなくてもいいけど」

「そうじゃなくて……――」


 一瞬、私達の間に沈黙が訪れた後、


「――……これ言うとなんかシスコンぽくて嫌なんだけど、妹にねだられたんだ」


 楠は目線を逸らしつつ、ばつが悪そうに告白した。


「妹さん?」

「……うん」


 肯定する物腰の柔らかい声からは、親愛を感じさせる疲労が滲む。


「なんか今、学校で流行ってるらしくてさ。持ってるのバレた途端、欲しがられた」


 妹の話をする沈んだ口調は、よく知る親友を想起させた。

 茉莉とは真逆のようでいて共通する部分もある声色を……思わず、面白いと思ってしまう。


「別に、あげても良かったんじゃない?」

「えっ?」

「前にあげたやつ。私のことなら気にしなくてもいいから」


 男子高校生がわざわざビーズなんて持ちたい理由が思い浮かばず、あげた私に気を遣っているのかと思った。


 けれど、


「えっ……と、それは――」


 楠はまた、束の間の沈黙を挿むと、


「――お、おさがりみたいで嫌だから、新しいのが良いらしくて」


 と、一人っ子にはわからない兄妹事情を口にする。


「そうなんだ?」

「だから、頼んでもいいか?」

「……それ、本当に私でいいの?」


 お店で買った方が綺麗で可愛いのは間違いない。

 妹さんも、そっちの方が嬉しいのではと思ったのだけれど。


「向坂に頼みたいんだけど……だめか?」


 望み薄かと肩を落とした楠が、項垂れたハスキー犬のように見えて……、


「……いいよ。やったげる」


 ……気付けば、捨て犬を見捨てられない心境になっていた。

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