第27話 1月18日【夕焼け色の放課後にお祈りを】

 放課後の教室で九条茉莉は向坂智奈美に詰め寄った。


「それで、どうだったの? デート」

「……なんか、彩弓さん良い人だなって思った」


 窓から透けた淡い夕焼けに智奈美の髪が照らされる。


「良い人、か……」


 良い人。

 それが『彼』と交際する女性を指す言葉として、茉莉には適切と思えない。

 首を傾げる茉莉に、智奈美は昨日の出来事を話し始めた。


「珈琲とか奢ってくれたし」


 そりゃ、年下で学生。加えて、恋人にとって妹みたいな存在と割り勘はできないだろう。

 そう、茉莉は思う。


「私が作ったビーズ、喜んでくれたし」


 そりゃ、純粋に嬉しかったんだろうと――、


「今度会った時、大切にしてたカフスボタン、お礼にあげるとか言うし」


 そりゃ……――、


「普通、恋人の傍をちょろちょろしてる奴に、そんな親切にできる?」


 茉莉は最後まで黙って親友の言葉に耳を傾けた。

 しかし、


「何で私に、あんなに優しいんだろ……?」


 不思議そうに呟いて頬杖をつく智奈美へ、最後には首を傾げる。


「それは、ちょっと違くない……? 優しいの、ちなの方でしょ。それ」

「……は?」


 見開かれた瞳がぱちくりと瞬いた後、智奈美の目線は茉莉から逸れていった。


「今、そんな話してない……」


 ぶっきらぼうな物言いになる親友へ、茉莉は「照れてるの?」と訊ねて続ける。


「だって、ちな。ずっと彩弓さんに優しかったじゃん」


 茉莉は、彩弓という女性のことをよく知らない。

 だが、智奈美から聞いたことは知っている。


 道に迷っていた彼女を見つけた時のこと、

 断ることもできた誘いを受けたこと、

 彩弓が失くした大切な物カフスボタンを贈ろうとしたこと、


 九条茉莉は全部知っていた。


 だからこそ、彼女は親友の疑問に答えられる。


「ちなが優しかったから、ちなにも優しかったんだよ」

「……別に、優しくしたつもりないし」


 それが謙遜から来る言葉でないことも、茉莉はよく理解していた。


「本当、めんどくさいね」

「……」


 不満げに尖った親友の唇を見て、彼女は確信する。


 彩弓さんは、ちなのことが好きになったんだ、と。


 智奈美がもっと冷めた人間だったら『もう彼に関わらないで』と昨日言うつもりだったんだろうと。


 そうしなかったことこそ、彩弓が智奈美にした一番の返礼なんだと、茉莉は結論付けた。


 ただ、それが親友にとって良いことなのかは彼女にもわからない。

 だから、


「ま、良かったんじゃない?」


 茉莉は親友の平穏な恋路を祈りながら無責任にそう告げ……今日という日を締めくくるのだった。

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