第26話 1月17日(……オシャレなところ)

「ごめんね? デートなんて言ったのに喫茶店で」

「いえ、遊園地にでも連れて行かれた方が困りましたから」


 珈琲を片手に喫茶店で話し合う彩弓さんとのデートは――もはや、お茶会と化していた。


 しかも、最初に抱いていたデートへの不安は何だったのかと思うくらい……始終和やかだ。

 てっきり、改めて『もう彼には関わらないで』くらい言われるものと覚悟していたのに。


「…………」

「ちーちゃん? どうかした?」


 ぼうっとしていると彼女の心配そうな声で我に返った。

 考えていたことを伝える訳にもいかず、咄嗟に誤魔化さねばと口が動く。


「いえっ――カフスボタン、あれから見つかりましたか?」

「あー……あの後、色々探したんだけど何処どこにもなくて。もう、諦めちゃった」


 肩をすくめた彩弓さんの口調は軽かった。

 でも、カップを引き寄せる口元が……どこか寂し気に見える。


「そう……なんですか」


 余計なことを訊いてしまったと、思わず視線を伏せた。

 しかし、見つからなかったと聞き、今こそアレを渡すタイミングではないかとも考える。

 むしろ、この機会を逃せばもう渡せない気がした。

 だから、


「あの……彩弓さん、コレよろしければ」


 緊張で力のこもる指先が、包装までしたプレゼントをと手渡す。


「これ? ……開けていいの?」


 受け取った贈り物に首を傾げる彩弓さんへ「どうぞ」と答えた。

 シュルシュルとカラーリボンが解かれていく中、


「……これ、カフスボタン!」


 彼女の表情が明るくなった途端に胸を撫でおろす。


「その、失くしたモノの代わりになればと思って」

「ちーちゃん……ありがとね」


 その後、彼女は手のひらの上でボタンを転がして微笑むと、何か思いついたらしく急に「そうだ」と呟いた。


「お礼に、あのカフスボタンもらってくれない?」


 予想外の返礼に「え?」と困惑がこぼれる。


「あ、やっぱ片っぽだけじゃ迷惑かな?」

「いえ、そうじゃなくて……アレ、大切なものじゃ?」

「大切だからこそあげたいって思うのは、変?」


 即座に『変だ』とは言えず、つい黙ってしまった。

 そして、どう断ろうか頭を捻ってると、続けざまに「あ!」と彩弓さんの声が漏れる。


「ごめん。あれ仕事の鞄に入れっぱなしだ」

「そう、ですか」


 この時、彼女の思い付きが失敗に終わり、内心ほっとしたのだが――、


「だからまた、会えた時に渡すね」


 ――そのがいつなのか。


 彩弓さんは、また偶然会えると確信しているみたいに、そんな口約束だけを告げた。

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