第24話 1月15日(こういうボタン……何ていうんだっけ?)

 彩弓あゆみさんとのデートが二日後に迫っていた。


 当日はどう振る舞ったものかと、電車の窓から見える景色を置き去りにして考える。

 しかし、停車した車両とホームの隙間を飛び越えた途端――まだ待ち合わせ場所や時間はおろか、お互いの連絡先も知らないことに気付いた。


 まあ最悪、彼を経由すれば連絡は取れる。

 でも……叶うなら、このまま何もせず誰とも会わず穏やかに月曜を迎えたい。


 そんな弱気な考えが浮かんだ瞬間、とんとんと肩を叩かれて振り返ると――、


「……何ですか、これ」


 ――スーツ姿の彩弓さんが、笑顔で人差し指を頬に突き立てていた。


「んー? 若い頃に流行った……悪戯?」


 嫌がらせの間違いでは? という言葉を声になる寸前で飲み込む。


「……今回も偶然ですか?」

「んー? ちょっとだけ狙ってたけど、あと十分待ってダメだったら電車に乗らなきゃいけなかったから……だから、こうやってまた会えたのはかもね?」


 薄桃色の口紅を引いた唇が笑みに染まり……今、からかわれているんだとわかった。


でいいですよね、ソレ」

「えっ? だって約束もなしに……一、二……四回目だよ?」


 指折り数えられた運命偶然の数に呆れてしまう。


「別に、何でも良いですけど。明後日のこと約束まで運任せにされたら困ります」


 ポケットから取り出したスマホを見せると、彼女は少女みたいな屈託のない笑みで答えた。


「じゃあ、連絡先交換しなきゃだね」


 直後、彩弓さんは提げていた鞄の中に手を突っ込む。

 スマホを探しているみたいだけど、ゴソゴソと音がするばかりでなかなか出てこない。

 その様子を傍で見守っていると、ふと違和感に気付いた。


 スーツから覗くシャツの袖口に……片方だけ、綺麗な硝子をあしらったボタンがくっついている。

 いや、違う――片方にだけソレがついていなかった。


「彩弓さん、それ」

「え? 何?」

「袖口の……ボタンみたいなやつ」

「あ、カフスボタンのこと? ……あれっ?」


 彩弓さんが手首を返した途端「うわぁ」と悲痛な声が漏れる。


「どっかで落としたのかなぁ」

「……ソレって予備とかは?」

「ないよ……まあ、なくて困るモノでもないけどさ」


 つがいの消えたカフスボタンを残念そうに取り外すと、彼女はハンカチに包んで仕舞った。


 その後、連絡先を交換し終えた彩弓さんはいそいそと歩き出す。

 手を振りながら去っていく寂しげな袖口に視線が奪われ、


「じゃあ、また後で連絡するね」


 どこか沈んだ声を聞いた途端、コレしかないと思った。


 

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