第23話 1月14日(雪……綺麗なだけならいいのに)

 今朝は初雪が降り積もった。

 しかも、まだ止んでない。


「……はぁ」


 羽毛みたいな見た目をした大粒の雪が、自重でいそいそと地面に落ちていく。

 その光景は、窓の内側から見る分には綺麗だった。

 けれど『氷の塊が溶けずに残るほど外は寒いのだ』と、考えた途端、綺麗だなんて思えなくなり、布団にくるまりながら絶望した。



 積もったといってもせいぜい小指の先ほどの深さだが、雪が降ることすら珍しい地元にとって心躍る珍事には変わりない。

 無論。私の場合、積雪を楽しめるのは屋内に居る時だけなのだけど。


 重ねて履いたタイツの乏しい防寒性に顔をしかめつつ、駅に向かって歩く。

 途中、はしゃぎながら隣を走り去った小学生たちの私服長ズボンが心底羨ましく思えた。


「……さむ」


 真っ白な路面を一歩進むたび陰鬱な気分になる。

 でも、まあ……歩いた端から靴跡が残る足元を、多少はおもしろいとも思った。


 だけどこれは私の感性が子どもじみている訳じゃない。

 地元の人にとって雪が珍しいからだ。

 この辺りの大人なら、内心わくわくしながら窓からの外を見て、つい玄関から出てくることもあるだろう。 


 そう、


「おー……久しぶりに積もったなぁ」


 例えば彼のように。


「お。ちな、おはよう」

「……はぁ」


 御多分に漏れずのこのこ外へ出てきた彼を目にし、挨拶よりも先に溜息が出た。


「なんだよ、いきなり……雪積もってるんだぞ、雪」

「……だからでしょ」


 この寒い中、軽い気持ちで真っ新な処女地を踏み荒らし、満足したら屋内へと戻る人には、これから学校へ向かう私の気持ちはわからない。

 まして、ぬくぬくと長ズボンで脚を守っているなら尚更だ。


「私はこれから寒空の下を通学するんです。あなたはどうせアレでしょ? 今も家の中では暖房が休まず動いてるんですよね……足元の雪を踏み固めながら、寒さに震える女子高生を見るのは楽しいですか?」

「えっと……大人しく仕事に戻ります」


 きっとにらみつけると、彼はそそくさと家に戻ろうとした。

 その後姿を見て「あっ」と思い出す。


「ねぇ、彩弓さんって、ビーズとか好き?」

「……ビーズ? は、ちょっとわからないな」

「なら、アクセサリーは?」

「……フェイクピアスは、いくつか持ってるって言ってたけど」


 再び口から漏れた溜息がもやのように溶けていく。


「あんまり参考にならないな……」

「えっと……ちな?」

「気にしないでください。じゃ、いってきます」


 「いってらしゃい」と首を傾げた彼を放って、通学は再開した。

 


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