第18話 1月9日(……なんで、ここに)
だって元顧問から「その日は予選大会と被るから部員の身代わりに出てくれ」と頼まれたら断れない。
初めは、これも埋め合わせになればいい、程度に思っていたのだけど。
後輩になるかもしれない子達と話すのは意外に楽しめてしまい……帰りの電車に乗る頃には一仕事終えた良い気分になっていた。
だから改札を出てすぐ、ささやかなご褒美のつもりで自販機に立ち寄る。
だが、珈琲を買おうとした時、急にカチャリと投入口へ硬貨が入り驚いて振り返ると、
「土曜なのに学校?」
そこにはスーツ姿の彩弓さんが笑いながら立っていた。
「……はい。行事の手伝いで」
「へぇ、偉いね。じゃあ一本、奢らせてもらおっかな」
「いつかのお礼も兼ねてさ」と、小銭をくべていく彼女を咄嗟に止められない。
ピッと音が鳴って購入ボタンが青く光ると、無糖の珈琲を選んでいた。
ガコンッと転がり落ちて来た熱い缶を手に取る。
「あ、やっぱ
続けて彩弓さんが微糖の珈琲を買い、取り出そうとした瞬間、
「……彩弓さん」
ついに、我慢できなくなって名前を呼んだ。
でも、彼女はすぐに応えない。
彩弓さんはプルタブの間にそっと指の腹を寝かすと、ぐっとタブを引き起こす。
そして、缶のフチへ口付けると、こくこくと喉を鳴らし、
「……知らないふりごっこは、もうお終い?」
仲の良い先輩が、冗談半分で後輩に反省を促すように……笑った。
「怒ってますか?」
悪びれることなく訊ね返すと、彼女は自分の缶を私が持つ缶へコツンと乾杯するみたいにぶつける。
「怒ってないよ。あなたの第一印象は親切で良い子だったし」
「……それ、今はどうなんです?」
「うーん? 恋人の傍に居着いた、可愛い野良猫?」
野良猫という言い回しに『泥棒するなら容赦しない』という牽制の意図を感じた。
「……一つ訊いても?」
「何?」
「今日、ここで会ったのは偶然ですよね?」
直後、彩弓さんが吹き出し、お腹を抱えて笑い出す。
「だ、大丈夫っ……ふふっ、ちゃんと偶然だって。心配しなくてもつけたりしてないよ、私も驚いてるくらいなんだから」
まだおかしそうに肩を震わせながら、彼女は猫がすり寄るように私と隣り合った。
そして、
「ねぇ、ちーちゃんって呼んでもいい?」
「……構いませんけど」
「じゃあ、ちーちゃん。今度、私とデートしようよ」
どこかでまた、休日の潰れる音が聞こえた。
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