第16話 1月7日(……すっぱい)

 構内の店と隣接した飲食スペースに苺の三角ショートをはじめ、六種のケーキが並んだが……少々値が張るくらいでは万札を使い切るには至らなかった。


「紅茶を単品で頼んだらあと二百円は稼げたかも。いっそ高い順に買えばよかったかな?」


 スマホでケーキを撮影する茉莉の疑問に、


「それはダメ。好きなの選んで食べたいし」


 最後に食べる苺を皿へ下ろしながら答えると、彼女も確かにと頷く。


「じゃ、いただきます」


 苺と生クリームが贅沢に使われたスイーツを口へ入れた途端、優しい甘みが広がり当初の目的なんて忘れそうになった。


 でも、


「ちーちゃん先輩?」


 そう呼ばれてケーキを食べる手が止まる。

 振り返ると制服姿の知ってる子が、大きな部活鞄を背負い立っていた。


「……秋?」

「お久しぶりですっ!」


 子犬が駆け寄って来るみたいに一瞬で距離が詰まる。


「夏休み以来かな?」

「そうです! 本当は一度、教室にでもお邪魔したかったんですが」

「それはやめて」

「……そう言われると思って我慢しました」


 人懐っこいのは相変わらず、すぐしょげる姿から見て気が弱いのも変わってないんだろう。

 けれど、そんな後輩の瞳に力強い灯りがちらつく。


「……先輩はもう部活に戻ってきてくれないんですか」


 つい『ああ、その話か』と心が冷めた。

 だけど、表には出さない。


「……戻らない。戻れないでしょ?」

「三年生が卒業しても、ですか?」


 すがるような声と彼女が背負う鞄に、殺風景な自室を思い出す。

 その背にあるのと同じモノを……もう捨てたよなんて言えなかった。


「……ごめん」

「……そう、ですか」


 肩を落とす姿に胸は痛むけど、絶対に戻れない。

 だから、せめて――、



「年下に甘いよね」

「そう?」

「そう。優しいかは、わかんないけどさ」

「……そうだね」


 私は、秋に好きだったチーズケーキを買って持って帰らせていた。

 茉莉は呆れたのか感心したのか、紅茶をすすりながらずっと唇を尖らせている。


「でも、良かったんじゃない? たぶん、あの子喜んでた」

「ケーキもらえたから?」

「……ちなに嫌われてないって、思えたと思うから」

「……そっか」


 最後の苺をつまんで、口元へあてがう。

 しかし、せっかく取っておいたそれは酸っぱいばかりであまりおいしくなかった。


「明日から学校かぁ」


 茉莉の一言で、今がまだ冬休みだと思い出す。


「……今日も、がんばってたんだ」


 制服を着た秋の後姿を思い出し、胸の奥に生じたモヤモヤは苺なんかよりもよほど酸っぱかった。

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