第8話 12月30日(宛名、書かなくていいか……うん)

『あ、もしもし智奈? 元旦にさ初詣行こうよ、初詣! 陽菜ひなを連れて三人でっ』


 スマホ越しに茉莉の声を聞きながら、ほとんど条件反射で卓上カレンダーを見た。

 書き込みのない『1』の枠内を一瞥して、またすぐ虚空に向き直る。


「……別にいいけど。何時から? 日付変わってすぐじゃないでしょ?」

『うん、流石にね。ほら陽菜も一緒だし、夜中に出歩くのコワイからさ』


 妹のことを心配する茉莉の口調はとても優しいものだった。

 でも、来年五年生になる陽菜ちゃんのことを思えば少々過保護な気もする。


(ひとりで行く訳じゃないし、初詣くらい夜中に出掛けてもいい気がするけど)


 そんなことを考えていて会話が途切れると、茉莉の声色がしゅんっと暗くなった。


『……もしかして、年明けてすぐに二人で行く方が良かった?』

「違う。ごめん、ぼうっとしてた。むしろ昼過ぎくらいの方が嬉しい」

『あ、やっぱり?』

「ん。元旦からせかせか動きたくないでしょ?」

『あはは。智奈らしいね』

「それで? 時間と待ち合わせ場所は? 電車? バス?」


 特に急かす意図はないけど、さっさと決めてしまいたい。

 話題を戻すと『あ、それなんだけどさ』と、茉莉から提案があった。


『お父さんが車出してくれるって。だから、智奈の家まで迎えに行ってもいい?』

「それは、もちろんいいけど……いいの?」

『いいのいいの。というか、あたし達着物で行くからさ。親が陽菜を着物のままで歩き回らせたくないんだよ』


 直後、まるで孔雀の尾羽みたいに着物を引きずって走り回る陽菜ちゃんの姿が浮かぶ。


「ふふっ……お転婆だもんね」

『そこが可愛いんだけどね。レンタルだからさ』


 『困ったもんだよ』と笑う茉莉の話し声に、つい口元が緩んだ。


『それじゃ、一日の二時頃に迎えに行ってもいい?』

「ん。いいよ、ありがと」

『OK! それじゃあ、また年明けにね。良いお年をー』

「うん、良いお年を……」


 年の瀬にしか使わない挨拶を交わし、プツンと通話が切れる。


「良いお年を……か」


 静かになった部屋の中へぽつりと独り言をこぼして、机の上で重なり合う年賀状達に目をやった。


(そっか……元旦に会うのか、茉莉と)


 つまり、今から急いでポストへ投函しても……はがきより、私の方が茉莉に会うのが早い訳だ。


(今年は、茉莉にも直接渡そ)


 そう心に決め、私は宛名が書いていない方のはがきを手に取ると、


「…………」


 時計の針がてっぺんで重なり合ったのを見届けてから、暖かい部屋の外に出た。

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