【年末年始の知らないごっこ】

第7話 12月29日(……まさかね)

 リビングでソファにもたれ、野菜感が薄いサラダ味のプレッツエルをくわえていると、


「智奈美は今年、年賀状どうするの?」


 テレビの音に混ざって母の声がした。


「どうするって?」

「何枚くらい必要?」


 真っ先に彼と茉莉が思い浮かぶ中、指折りを始める。

 しかし、右手の夫婦にお辞儀をさせた所で、もう部活の人達には出さなくていいんだと気付いた。


「……二枚くらい」

「それだけ? ああ、最近の子はSNSで済ませちゃうものね」


 ひとり訳知り顔で頷く母を無視し、黙ってお菓子を頬張る。

 すると、


「じゃ、お願い」


 突然、一枚の紙幣が視界を遮った。


「何、コレ?」

「年賀状買って来て。70枚くらい」

「……外、寒いのに」

「じゃあ、今年はあげないの? 年賀状」

「…………」


 にこりと微笑む母に、つい唇が尖る。

 ぴっとお札をひったくると、母の口元が解けた。


「ふふっ、智奈美ちーちゃんはめんどくさい子ね」



 グルグルと首にマフラーを巻き、コートを羽織る。

 深々と被ったフードをさらに深く被り直し、ポケットへ財布ごと手を突っ込むと玄関戸を開けた。

 肌を刺すような冷気に、白い吐息があがる。


「……寒い」


 服を何枚も重ねていてこれだ。

 今思えば、クリスマスの夜はよくも薄着で外を歩けたなと思う。


(本当、どうかしてた)




 きゅっと体を縮こめながら、郵便局に向かって歩き出す。

 寒さのせいか外を出歩いている人は少ない。

 なのに、なぜ私はこんな所を――なんて考えながら彼の家の近くを通り過ぎると、


「……?」


 ひとり、若い女性が立ち止まって電話をしていた。


「うん。今、黄色い屋根の家……で、この後は?」


 彼女はスマホ越しに道案内をされているらしく、たぶん初めてこの辺りに来たんだろう。

 聞き耳を立てる訳でもなく、ただ聞こえてくる音をなんとなく聞き流していると、


「じゃあ、このまま郵便局の反対に歩くね?」


 そう言って、女性が私と同じ方向に向かって歩き出した。


「あのっ」


 だから、思わず声が出る。


「えっ?」

「すみません。聞こえてしまって……この道、このまま進むと郵便局です」

「あっ! もしかして逆?」

「はい」

「そっか。ありがとう、教えてくれて」


 やわらかい微笑みを残し、女性はくるりと踵を返した。

 その後姿をなんとなく目で追っていると……彼女が、彼の家がある曲がり角へと入っていく。


「……」


 別に、彼と誰が付き合っていても関係ない。

 でもそれは……彼に恋人がいるという実感がなかっただけなのかもしれないと、初めてそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る