第2話 12月24日(爪切り……どこにしまったっけ?)

 寒空の下。防寒具も着けず外を徘徊した私は帰宅次第、風呂へと連行された。

 でも、お湯を沸かしてくれた母さんには悪いけど、私は湯船に浸かっていない。

 浴室に入ってからずっと、ただただ頭からシャワーを浴びて、ぼぅっと過ごしていただけだ。


 だけど、


「……はぁ」


 それは、温水に頭を打たれながら体を丸めているだけなのに、それが無性に心地いいのが悪い。

 ザアァッと耳に聞こえる放水音は安っぽい滝行のようで、妙なリラックス効果があった。


 けれど、無為、無思考な時間は唐突に終わる。


(……爪、伸びてる)


 私は細く半月状に伸びた爪先をカチカチと弾き合わせながら物思いにふけった。


(いつからだっけ?)


 部活をしていた頃は習慣的に『切らなきゃ』と思っていたけど。


(いつの間にか、気にならなくなってた)


「……はぁ」


 溜息ひとつ挿んだ後、爪を弾いて遊ぶのはやめた。

 シャワーと呼ばれる滝の源流を止め、ようやくシャンプーを手に取る。

 半透明の液体が指の隙間で泡立つと、ぎゅっと目を閉じた。


 だが――、


『怒らなかったんですか? 彼女さん。突然デート切り上げて』

『ああ。近所の子が行方不明だって話したら、埋め合わせはしてよねって心配そうに送り出してくれたよ』

 

 ――黒い視界の中で、帰り際……彼と話した時の情景を思い出して、慌てて目を開く。


 (……『幼馴染みの女子高生だ』とは、言わなかったんだ)


 いや『言えなかったのか』と思い直した。

 だって、私なら言えない。そんな余計なこと。


「…………」


 元栓を緩め、再びシャワーが頭を打つ。

 流れ落ちた白い泡が排水溝へ吸い込まれていくのを眺めていると、ふと思考にノイズが混じった。


(爪。あいつに切れって言われたら切ろうかな)


 でも、ノイズは一瞬、気の迷いだ。


(いや、ないでしょ)


「バカじゃないの、私」


 自嘲気味に呟いて、濡れた顔をあげる。


 だって『爪を切れ』だなんて……ただ、こども扱いされているだけでしょ?



「……ん」


 部屋の明かりへ向けて短くなった爪を透かし、満足げに頷く。

 その後、背もたれにかけた借り物のマフラーへ視線を移した。


「コレ、借りたまま別れちゃったけど」


 (明日、返しに行かなきゃ)なんて考えながら指先は伸びていき。

 手にしたマフラーを胸の中で抱くと、そのままベッドへ雪崩れ込んだ。


(……暖かい)


 頬が、くすぐられる。


(ああ。コレみたいに、誰のモノかもはっきりわかれば良いのに)


 それからしばらくもせず……意識は重たく沈んでいった。

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