47‐2.感謝の気持ちを伝える場です



「ちょっとはんちょっ、ずるいじゃんっ。じゃんけんで勝ったの、俺なんですけどっ? シロちゃんにミルク飲ませる権利があるの、俺なんですけどぉっ!?」

「……権利を譲った覚えはねぇ」

「だからって、何も言わずに勝手に飲ませるぅっ? じゃんけんしてたの見てたでしょーっ!? 俺達が、何の為に戦ってたと思ってるのさーっ!」



 リッキーさんが怒るのも、無理はございません。わたくしとて、レオン班長から哺乳瓶の吸い口を差し出された時は、戸惑いましたもの。

 その上で、お先にミルクを頂いたのには、訳がございます。




「……シロは、腹を空かせてた」




 そうなのです。わたくし、もう腹ペコだったのです。

 ですのに、ミルクを目の前に待たされ続けるなど、拷問以外の何ものでもございません。



 きっとレオン班長は、空腹に嘆くわたくしを気遣って、ミルクを飲ませてくれたのです。リッキーさん達に怒られると分かっていらっしゃったでしょうに、それでもペットを優先して下さいました。優しい飼い主なのです。




『ですので、リッキーさん。どうかレオン班長を許してあげて下さい。レオン班長はただ、わたくしの為を思って行動しただけなのです』



 わたくしは、ギアーとリッキーさんを説得します。その間も、ミルクを飲む口は止まりません。レオン班長のお胸を揉む前足も止まりません。なんなら、わたくしのお尻をスケッチするアルジャーノンさんの鉛筆も、止まりませんでした。それだけ飢えていたということなのでしょう。二つの意味で。




「う、ま、まぁ、そりゃあ、シロちゃんを待たせちゃったのはぁ、申し訳ないと思ってるけどぉ」



 リッキーさんは、気まずげに肩を竦ませます。両手の指を弄り、ちらっちらっとわたくしを窺いました。まるで、悪戯を保護者に注意されたお子さんのようです。思わず頬が綻んでしまいます。



『大丈夫ですよ、リッキーさん。わたくしは怒ってなどいません。咎めてもおりません。リッキーさんが、わたくしにミルクを飲ませたいと思って下さって、とても嬉しいですよ。ただ、いかんせんわたくしも子供ですので。あまり我慢が利きません。次回は、もう少し早めに勝敗をつけて頂けたらありがたいです』



 シロクマの尻尾を振ってそうお伝えしましたら、リッキーさんは、ほっとしたように息を吐きました。

 そうして


「ごめんねぇ、シロちゃん」


 と、わたくしの頭を撫でて下さいます。

 わたくしは、大丈夫だ、という気持ちを込めて、笑顔でもう一度尻尾を振ったのでした。




『んげふ』



 ミルクを飲み終わり、レオン班長にぽんぽんと背中を叩かれます。

 景気良くゲップを吐き出すと、わたくしは、ペット専用のカートの中へ戻されました。



 すると、すかさずリッキーさんが、カートのハンドルを掴みます。



「はーい。じゃあミルクも飲んだことだし、シロちゃん貰っていきまーす」



 そう言って、わたくしごと歩き出そうとされました。

 しかし、すぐさまレオン班長にカートの縁を掴まれ、止められてしまいます。




「ちょっとー、はんちょー。離してよー。進めないじゃーん」



 リッキーさんは、レオン班長の手をぺしぺしと叩きました。けれど、一向に緩みません。毛のない眉を寄せて、不満げにライオンさんの尻尾を振るばかりです。



「もー、ここにきて抵抗するとか、止めてくれなーい? 俺達が今日、何の為に集まったと思ってんのさー。ねー、皆ー?」

「そうだそうだっ! リッキーの言う通りっ!」

「レオンは潔く、俺達にシロを渡しなぁ」

「今日まで独り占めしてきたんだ。飲み会の間くらい我慢しろってんだい」



 四方八方から、ブーイングが飛んできます。レオン班長の味方は、どこにもおりません。

 加えて、残念ながらわたくしも、今回ばかりは庇い立て出来ません。




 何故ならば、本日の飲み会は、わたくしと班員さん達の触れ合いを目的としているからです。




 と、申しますもの。わたくしは、特別遊撃班が本部へ戻ってきた日から、四六時中ずーっと飼い主に引っ付いておりました。少しでも離れようものならば、すぐさま後を追い掛け、隙あらば抱っこをねだるのです。

 お陰で、レオン班長以外との交流が、全く出来ていませんでした。大抵の方は、寂しさからくる行動だと理解を示して下さいましたが、それでも失礼な態度に変わりはありません。



 特に特別遊撃班の皆さんとは、海上保安部に帰還した際のお出迎え以降、お顔を合わせることこそあれど、ご挨拶以外の触れ合いは一切ありませんでした。我ながら、情けない限りです。皆さんの優しさに甘えすぎておりました。

 ですので、その恩返し、というわけではございませんが。この場を借りて、感謝の気持ちをお伝え出来たらなと、そう思うのです。




『ですので、レオン班長。どうかそのようなお顔で、わたくしを見ないで下さい。今回ばかりは、こちらも折れるわけにはいかないのですよ』



 シロクマの耳を伏せ、わたくしは苦笑しました。申し訳ないと思いつつ、しかし応じるつもりはないとばかりに、レオン班長を見つめ返します。




 不意に、レオン班長の唇が、ひん曲がりました。眉間の皺も深まり、ライオンさんの尻尾が大きく振るわれます。ぱしん、と椅子の座面を、何度も叩きました。舌打ちもします。

 そして、目の前にあったビールジョッキを、一気に飲み干しました。




「はーい、はんちょも納得してくれたみたいなんでー、これからシロちゃんが皆の席を回りまーす。持ち時間は、一人三分でーす。三分経ったらー、次の人へシロちゃんの入ったカートを渡して下さーい。一通り回ったらー、シロちゃんの様子と残り時間を見て、その上でどうするか考えまーす。いいですかー?」



 おーう、という返事が、其処彼処から上がります。



「じゃ、シロちゃん。行きましょうかー」

『えぇ、お願いします、リッキーさん』



 ギアーと笑ってみせれば、リッキーさんは、カートを押し始めました。シロクマ色の髪を靡かせつつ、わたくしをテーブルの端まで運んでいきます。




「おっ、きたなシロッ!」



 手前にいた班員さんの傍で、カートは止まりました。にかっと豪快な笑みを向けられ、わたくしのお顔も自ずと綻びます。そうして三分程お話をしたら、次の班員さんの元へ向かい、また三分お話をしたら、次の班員さんの元へ、と繰り返しました。

 その間、リッキーさんが、タイムキーパーとして横にいて下さいます。ストップウォッチ片手に時間を計り、三分になったところで


「はーい、終わりでーす」


 とカートを押して、強制終了しました。



 中には、わたくしとの別れを惜しんで、中々離して下さらない方もいらっしゃいます。そういう時は、アルジャーノンさんの登場です。ドラゴンさんの獣人の力を遺憾なく発揮し、班員さんを軽々と引き剥がしました。

 因みに、剥がしのお仕事がない時は、ずーっとわたくしのお尻をスケッチしています。背後に佇んでいる様は、まるでボディガードのようですね。視線はクマケツから一切離れませんが。



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