47‐1.飲み会です



「かんぱーいっ!」



 リッキーさんの音頭を合図に、特別遊撃班の班員さん達は、一斉に声を上げました。グラスをぶつけ合う音も、通された個室内へガチンッと鳴り響きます。

 飲み会は始まったばかりだというのに、既に出来上がっているのかと疑いたくなる程楽しげな雰囲気が、これでもかと醸し出されていました。わたくしの頬も、自ずと緩んでいきます。




「はーい、失礼しまーす」



 不意に、ノック音が聞こえました。一拍置いてから、個室の扉が開きます。



「ご注文の品をお持ちしましたー」



 黒いエプロンとバンダナを付けた、ドワーフの女性が入ってきました。

 リッキーさんのお姉さんです。



 お姉さんは、立派なお髭を揺らしながら、ワゴンに乗せた大量の食べ物を、手際良くテーブルへ並べていきます。ほぼ同時進行で、新たな注文も班員さんから取っていきました。しかも、書き止めていないにも関わらず、一つも間違えることなく暗唱してみせるのです。素晴らしい記憶力ですね。




 こちらのお店は、以前特別遊撃班の打ち上げで使わせて頂いた、リッキーさんのお姉さんご夫婦が営まれている飲食店です。ペットの同伴が可能なお店ですので、わたくしも専用カートに乗って同席させて頂いております。




「後は、はい、リッキー。これ、ミルクねぇ」



 お姉さんは、哺乳瓶に入ったミルクを、リッキーさんに手渡しました。



「ありがとう姉ちゃん。助かるよー」

「いいのよぉ。もし作り直した方が良さそうだったり、お代わりが必要な場合は、また声を掛けてー」

「はーい、分かったー。ありがとうねー」



 リッキーさんのお姉さんは、ひらりと手を振ると


「では、ごゆっくりどうぞー」


 と笑顔で個室の扉を閉じます。

 軽やかな足音と、


“――いらっしゃいませいらっしゃいませー。本日も『森の中のドワーフ亭』にご来店頂きまして、誠にありがとうございまーす”


 という明るいアナウンスが、速やかに遠ざかっていきました。




「シロちゃーん、ご飯だよー」



 哺乳瓶片手に、リッキーさんが近付いてきます。その髪の毛は、白く染められていました。

 以前も白くしていた時期がございましたが、前回より若干黄色味が強くなっていると申しますか、極々淡いクリーム色に見えると申しますか、こう、微妙に風合いの違う白なのです。



 実はこちらの白。

 リッキーさん曰く、わたくしの毛の色を忠実に再現した結果なのだそうです。



 と、申しますのも。遠征でひと月近くわたくしと会えず、リッキーさんはとても寂しかったようなのです。シロクマ式マッサージも受けられないので、身体的な疲れもじわじわと溜まっていきます。

 このままでは駄目だ。どうにか気分を変えなくては。そう考えた末、辿り着いたのが、こちらの髪色だったのだとか。




『いやー、本当苦労したよー。ほら、白ってさ、二百色くらいあるじゃん? その中からどれが一番シロちゃんに近い色なのかなーって選ぶのも大変だったしー、髪が染まった時にちゃんとシロちゃん色になるよう薬剤を調節するのも大変だったしー、シロちゃんの毛の手触りに近付ける為のトリートメント選びも、本っ当に大変だったー』



 なんと、色だけでなく触り心地まで再現してしまうだなんて。

 わたくしも触らせて貰いましたが、成程。確かに、わたくしの毛並みに近いかもしれません。あまりの完成度に、周りの班員さん達も、遠征中、思わず手が伸びてしまったのだそうですよ。



『でもねー、はんちょだけは、一回しか触ってこなかったんだよねー。もさもさーってかき混ぜた後、ふんって鼻を鳴らしてさ。それっきり。はんちょ的には、これじゃないなーって感じだったんだろうねー。やっぱり、本物のシロちゃんじゃないと駄目みたいだよー』



 あら、まぁ、そうなのですか? 己の頬が、自ずと緩んでいくのが分かりました。

 飼い主に、自分でなければいけないと思われるだなんて、ペット冥利に尽きるというものです。これからも、自慢のもふもふを大切にしていこうと、改めて心に誓いました。

 その為には、丁寧なお手入れと、適度な運動、そして十分な栄養が必要不可欠です。



 わたくしは、カートの縁に前足を置きました。シロクマの尻尾を振って、前へのめります。

 さぁ、早くミルクを下さいな。そんな気持ちを込めて、哺乳瓶を持つリッキーさんを見つめました。



 しかし、リッキーさんは、何故か動きません。

 いつもならば、すぐさまレオン班長に哺乳瓶を渡して下さるのに。




「……ねーぇー、はんちょー」



 リッキーさんは、わたくしをじーっと見下ろしたまま、口を動かします。



「今日さぁ、俺がシロちゃんにミルクあげていーい?」

「……あ?」

「ねぇ、いいでしょ? はんちょは、いつもあげてるじゃん。たまには俺にやらせてくれてもいいじゃん。ね?」



 しかし、レオン班長は返事をしません。毛のない眉を顰め、リッキーさんを睨みます。ライオンさんの尻尾で、椅子の座面も叩きました。




「何だ何だっ、シロにミルクをやるのかっ!? オレもやりてぇなっ! ちょっと貸してくれよっ!」

「がさつなお前には無理だよぉ。ここは俺に任せときなぁ。一滴残らず、ちゃーんと飲ませてやるさぁ」

「はいはい、男供はあっちに行ってな。あんたらなんて、シロもお呼びじゃないんだよ」



 他の班員さん達も、集まってきます。我も我もと名乗りを上げては、ミルクの入った哺乳瓶を奪うべく手を伸ばしました。中々白熱しております。




「――あーっ、もうっ!」



 リッキーさんは、握った哺乳瓶ごと、大きく両腕を振り下ろしました。



「よぉし分かったっ! だったらじゃんけんで決着付けようぜっ!」



 その提案に、望むところだ、とばかりの雄叫びが返ってきます。皆さん拳を構え、真剣なお顔をされました。




「じゃあ、いくよ…………最っ初はグーッ! じゃんっけんっぽーんっ!」



 高々と突き出された腕は、すぐさま歓喜と悲壮を浮かべます。負けた方は床へ崩れ落ち、勝った方は、自分の出した手の形を、天高く掲げました。非常に盛り上がっておりますね。お酒が入っている分、妙な高揚感が個室の中を包み込みました。



 そうして、何度目かのじゃんけんの末、最後まで勝ち残ったのは。




「よっしゃあぁぁぁーっ!」



 リッキーさんでした。シロクマ色の髪を振り乱し、勝利のガッツポーズを決めています。

 周りでは、敗退した班員さん達が、やんややんやと拍手をしました。笑顔で勝者を称える姿は、スポーツマンシップに乗っ取ったかのような、実に清々しい光景です。



 ですが。




「へっへー、やったー。シロちゃーん、お待たせー。すぐにミルクをあげるからねー、ってあぁぁぁぁぁーっ! ちょっ、な、何してるのさーっ!」



 リッキーさんは、驚愕の声と共に、こちらを指差します。他の班員さん達も、同じ方向を振り返り、目を丸くしました。




 皆さんが驚くのも、無理はありません。

 なんせわたくし、もう既にミルクを飲んでいるのですもの。



 レオン班長の手によって。



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