46‐4.行方不明です



 始めは、レオン班長の攻撃を避ける為だけに、上着の中へ避難しました。しかし、実際に潜ってみたら、何ということでしょう。攻撃を防げるだけでなく、居心地も大変よろしい籠城場所ではございませんか。

 程良い狭さ。眠気を誘う温もり。枕代わりの胸筋からは、心安らぐ匂いがふんわりと立ち昇っております。全身でレオン班長の存在を感じられて、大変よろしいです。

 あの時、咄嗟にこちらへ隠れた自分を、褒めてあげたいですね。



 時折お胸を揉ませて頂きつつ、わたくしはレオン班長に甘えました。ギアーとお顔を持ち上げれば、レオン班長は必ずこちらを見てくれます。どうした? とばかりにライオンさんの耳を揺らし、上着越しにわたくしの体を撫でてくれました。首元から指を入れ、額をこしょこしょと擽ったりもします。

 わたくしが望むままに、構って下さるのです。寂しさや恋しさで溢れていた心が、どんどん満たされていくのが分かりました。緩むお顔を止められません。




「見ろ、クライド。愛する息子と可愛い孫が、仲睦まじく寄り添っているぞ」

「……まぁ、寄り添ってるっちゃー寄り添ってるな」

「なんて癒される光景なんだろう。もうずっと見ていられるな」

「……見てられるか? レオンの奴、凄ぇにやけ下がってんじゃねぇか。癒されるどころか、鼻についてしょうがねぇんだが」

「よし。今日はこのまま、レオンとシロを見て過ごすとしよう。隣には、最愛の夫もいる。正に最高の休日だな」

「過ごすのは構わねぇが、掃除と洗濯は忘れずにやれよ。後、買い物も」

「何だ、クライド? やきもちか? 私の視線が息子と孫に奪われてしまって、焼いているのか?」

「はぁ? 何言ってんだてめぇ」

「照れるな照れるな」

「照れてねぇよ。おい、触んなっ」



 上着の外から、何やら小競り合いの気配を感じます。大方、マティルダお婆様がクライド隊長にちょっかいを掛け、怒られているのでしょう。いつものことです。




『……む』



 不意に、下半身にむずっとした感覚が走ります。

 どうやら、催してしまったようです。




 なんてタイミングが悪いのでしょう。折角安寧の地で寛いでいるというのに、出て行かなくてはならないなんて。

 抵抗したい気持ちが、むくむくと湧き上がります。比例して、尿意もじわじわと強まってきました。このままでは、いつぞやのアーマードフォーシーズフェスティバル、略してアマフェスの初日に起こったお手洗い事件のように、極まりすぎて動けなくなってしまうかもしれません。

 流石に漏らすのは、それもレオン班長の上着の中でなんて、不味いにも程があります。



『……致し方ありません』



 わたくしは、渋々上着から出ました。ソファーの座面へ降り、レオン班長を見上げます。




『レオン班長。わたくし、少々お手洗いに行ってきますね。すぐに戻りますので、待っていて下さいね。本当にすぐですよ。あっという間に戻ってきますから、どこかへ行ったりしないで下さいよ。お願いしますね?』



 ギアーとよくよく言い含めてから、わたくしはソファーから降りました。リビングの端に設置されているわたくし専用お手洗いへと、小走りで向かいます。



 頭でスイングドアを押し、すぐさまアヒルさんのおまるへ跨りました。爽やかな音楽を背に、己の下半身へ力を込めます。

 体感的には、過去最速で排泄し終えたのではないでしょうか。洗われた局部が乾いたところで、わたくしはアヒルさんのおまるから飛び降ります。前足を水で濯ぎ、自動で吹き出す温風に当てました。

 肉球が乾く僅かな時間も、今はもどかしいです。早く早く、とお尻を揺らしながら、後ろ足で足踏みをしました。




『……よしっ!』



 若干残った水滴は、前足を大きく振り払って飛ばします。ついでにお腹の辺りに擦り付け、わたくしは踵を返しました。頭突きをする勢いで、スイングドアを開きます。



『お待たせしました、レオン班長っ』



 軽やかな足取りで、リビングのソファーに向かいました。そちらに腰掛け、出迎えて下さるであろうレオン班長へ、微笑み掛けます。



 けれど。




『……あら?』




 いません。



 クライド隊長とマティルダお婆様しか、ソファーにおりません。




『レオン班長? レオン班長?』



 咄嗟に辺りを見回しますが、それらしき姿はどこにもありません。ソファーの裏にも、こたつの中にも、台所にも、レオン班長はいらっしゃいませんでした。

 リビングにはいない、ということでしょうか? ならば、リビングの外を探してみましょう。そう考え、まずはお手洗いへと向かいます。扉の前に立ち、中の様子を窺います。



 ……気配は、ありません。そーっとシロクマの耳を扉へ押し付けてみますも、やはり何も聞こえません。

 どうやらこちらにはいないようです。



 ならば、自室の方でしょうか。廊下を進み、レオン班長の部屋へやってきました。中を覗くも、やはりいらっしゃいません。念の為、ベッドの下やクローゼットの中も確認しましたが、何もありませんでした。



 一体どちらに行かれたのでしょう? 他の部屋も見て回りましたが、どこにもレオン班長はいません。

 まさか外出されたのか、と玄関にも行ってみましたが、レオン班長の靴は置いてありました。ということは、家の中にいる筈なのです。



 わたくしは、今一度リビングへと戻ってきました。台所、こたつ、ソファーの裏と、一通り探し直します。

 しかし、レオン班長は見当たりません。足取りを掴むヒントになりそうなものも、残されておりませんでした。




『……あの、マティルダお婆様』

「ん? どうした、シロ?」



 近付いてきたわたくしを、マティルダお婆様は笑顔で迎えてくれます。



『レオン班長がどちらに行かれたのか、ご存じありませんか? わたくし、先程からずっと探しているのですが』

「レオンがいなくて、寂しいのか?」

『う、寂しい、と、申しますか、こう……レオン班長の傍にいないと、しっくりこないと申しますか、何と申しますか……』

「そうかそうか、寂しいか。レオンは一体どこへ行ってしまったんだろうな? 不思議だな?」



 お婆様は、わたくしの頭を撫でて下さいました。ですが生憎、レオン班長の行方は知らないようです。

 ならば、とわたくしは、クライド隊長を見上げます。




『クライド隊長。クライド隊長は、レオン班長がどちらに行かれたのか、ご存じですか? もしくは、行きそうな場所など、何か心当たりはございませんか?』



 ギアーと尋ねれば、クライド隊長は、毛のない眉を顰めました。


「あー……」


 とわたくしから目を逸らし、頭をかきます。



「まぁ……その辺にいるだろ」



 その辺とは、一体どの辺ですか。わたくし、もっと具体的に聞きたいのですが。という気持ちを、視線にこれでもかと込めます。



「まぁ……あれだ。リビング探してたら、その内見付かるだろ」

『けれど、リビングはもう探しましたよ? 二回も探しました。その上で更に探して、本当に見つかるのですか? 本当に?』



 疑いの眼差しを向けてしまうのも、致し方ありません。それでも、クライド隊長の答えは、変わりませんでした。




 そこまで言うのならばと、わたくしは今一度リビングを捜索します。既に見た箇所は勿論、隙間という隙間も確認していきました。

 まさかと思いつつ、わたくし専用のお手洗いの中も、覗きます。当然ですが、レオン班長はいらっしゃいませんでした。そうですよね。流石にレディのお手洗いに無断で入るような方ではございませんよね。そもそも、サイズ的に入れませんもの。わたくしったら、うっかりしていました。



『しかし……そうなると、一体どちらにいらっしゃるのでしょう?』



 ソファーの下やこたつの中にもいません。念の為、マティルダお婆様の後ろとクライド隊長の背中も確認しましたが、レオン班長の姿は、どこにも見当たりませんでした。



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