46‐2.おかえりなさい



「久しぶりだなぁシロッ! 元気だったかっ!?」

『はいっ。わたくし、元気でしたよっ』

「そんな尻尾振っちまってよぉ。随分とはしゃいでんなぁ」

『あっ、も、申し訳ありません。久しぶりに皆さんのお顔を見たら、つい』

「いい子にしてたかい、シロ? あたいらがいないからって、我が儘なんか言ってないだろうね?」

『勿論ですともっ。わたくしが我が儘なんて、言うわけないではありませんかっ』

「シロちゃーんっ! ただいまーっ! 会いたかったよぉーっ!」

『おかえりなさいリッキーさんっ。わたくしも会いたかったですよっ!』

“ただいま、シロ。待たせてすまないな”

『良いのですよ、アルジャーノンさんっ。こうして無事に帰ってきて下さっただけで、わたくしは嬉しいですっ!』



 ギアーギアーと喜びの声が止まらぬわたくしに、皆さん笑っていらっしゃいます。仕方のない奴め、と言わんばかりですが、それこそ仕方がないことです。



 わたくしにとっては、長い長い一か月でした。寂しさに涙を流した夜もございます。

 段々と陸での生活にも慣れていきましたが、ふとした瞬間、恋しくなるのです。特別遊撃班との騒がしい日々を。皆さんと笑い合った日々を。夢に見る程、焦がれたのです。浮かれてしまうのも致し方ありません。




「あ、シロちゃん。きたよー」



 不意に、リッキーさんが後ろを振り返りました。わたくしも、つられて指された場所を見やります。



 特別遊撃班の船のタラップを、ゆっくりと降りてくる男性がいらっしゃいました。

 その姿を捉えた途端、シロクマの耳はぴんと立ち上がります。



 固まったわたくしに、班員の皆さんは、また笑いました。そうして、一歩後ろへ下がります。専用船へ続く道を、作って下さったのです。



『皆さん……』



 見上げた先には、班員さん達の頼もしい笑顔がありました。

 目頭に熱いものが込み上げます。そちらをぐっと堪え、わたくしは深く頭を下げました。それから、力強く走り出します。



 全力で地面を蹴るわたくしに、近付いてくる男性の足も早まりました。わたくしのお顔は、自ずと緩みます。涙も、ほんの少しばかり滲みました。



 わたくしは唇を固く結び、勢い良く、ジャンプします。




『レオン班長ぉぉぉぉぉーっ!』




 飼い主のお胸へ、飛び付きました。すかさずレオン班長は、わたくしを抱き止めて下さいます。

 ぎゅっと包まれる感覚に、わたくしの頬は一層綻びました。



「……ただいま、シロ」

『おかえりなさい、レオン班長っ。お待ちしておりましたよぉっ』



 うりうりと額を擦り付ければ、その分大きな掌が、わたくしの頭や背中を撫で返して下さいます。

 優しさしかない手つきに、また涙腺が刺激されました。けれど、今回は泣き喚いたり致しません。代わりに、沢山笑顔を向けました。




「嬉しそうだねー、シロちゃん。あんなに甘えちゃってー」

“一か月ぶりともなれば、喜びもひとしおなんだろう”

「でもはんちょ、この前帰ったじゃん。一人で勝手に。あの時シロちゃんと会ってるんだから、実質五日ぶりじゃない?」

“五日でも、子供にとっては長かったのだろうな。それに帰ったと言っても、滞在時間は短かった。一日もない再会では、シロの心も満たされなかったのではないか?”

「あー、そうだよねー。半日でトンボ帰りじゃあ、シロちゃんもはんちょと遊んだり出来なかっただろうし、ほぼ一か月ぶりみたいなもんかー」



 視界の端で、リッキーさんとアルジャーノンさんが頷き合っているのが見えました。他の班員さん達も、少し離れた場所からこちらを眺めています。

 何を話しているのかは分かりませんが、微笑ましげな眼差しから、きっとわたくしの喜びようを、温かく見守って下さっているのでしょう。



 ありがとうございます。

 そんな気持ちを込めて、シロクマの耳と尻尾を、大きく振り回したのでした。




 それから、更に数日後。




「シロ」



 不意に、わたくしの背中が、つんと突かれました。



「シロ。おい、シロ」



 つんつん、つんつん、と何度も送られてくる刺激に、わたくしは後ろを振り返ります。



 マティルダお婆様が、いらっしゃいました。




「シロ、私と散歩へ行かないか? お前の気に入っている公園で、ボール遊びでもしようじゃないか」



 目を優しく細め、おもちゃのボールを振ってみせます。



「なんなら、チャーミィ嬢とトンプソンにも声を掛けるか? 友達が一緒ならば、一層楽しく遊べるだろう。どうだ、シロ? 私と外へ出掛けよう」



 わたくしの額を指でくすぐり、次いで頬も撫でました。絶妙な力加減です。思わず上を向き、もっと撫でて欲しいとばかりに顎を突き出してしまいます。



 ですが。




『んー……申し訳ありません、マティルダお婆様。素敵な提案ですが、わたくし、今は遊びに行く気分ではないのです。また今度誘って下さい』



 そう笑顔でお断りを入れてから、わたくしは、後ろへ回していたお顔を、前へと戻します。



 そして、抱っこして下さっているレオン班長のお胸へ、凭れ掛かるのでした。右胸筋と左胸筋の谷間に、顎をすぽりと嵌め込みます。ジャストフィットです。




「うーん、今日も駄目か」



 残念そうな溜め息が、背後から聞こえてきました。折角のお誘いを断ってしまい、申し訳ない思いが込み上げます。



 お婆様の気持ちは、分かるのです。レオン班長の帰還以降、四六時中べったりとくっ付いているわたくしを、心配して下さっているのでしょう。

 この数日、お外へ遊びに行かないどころか、ずーっと抱っこをして頂いているのですもの。運動不足の自覚もございます。分かってはいるのです。



 ですが、どうしてもレオン班長から離れたくないのです。




「シロ。では、ステラ嬢のところへ遊びに行くのはどうだ? たんとお洒落をして、沢山写真を撮って貰おうじゃないか。おい、シロ。聞いているか? おーい」

「……もうほっといてやれよ。無理強いしたところでしょうがねぇだろうが」

「だが、クライド。このままでは、健康にも良くないだろう? 私は祖母として、孫の体が心配なんだ」

「俺らがいくら気を揉んでも、シロがその気にならなきゃどうにもならねぇぞ。だったらいっそ、落ち着くまで待ってやりゃあいい」

「ふむ、まぁ、それも一理あるが」

「レオンが遠征に行った時だって、一週間も経てば夜泣きしなくなったんだ。今回もその内動き回るようになるだろうよ」

「そうか? 確かに、先月はそれでどうにかなったが、今度もそうなるとは限らないんじゃないか?」

「その時は、レオン自身がどうにかするだろ。シロに選ばれて、あれだけ得意げな顔してんだ。自分のペットくらい、責任持って対応しろってんだ」



 ちらと上を見上げれば、確かにレオン班長の機嫌は良さそうです。眉間の皺がなく、ライオンさんの耳もリズム良く揺れています。



「成程。では、シロについては、父親たるレオンに任せることにしよう。だが、レオン。もし私の力が必要ならば、遠慮なく頼るといい。可愛い孫と愛する息子の為ならば、いくらでも協力しよう」



 マティルダお婆様は、頼もしく胸を叩きました。目も弓なりにし、きっぱりと断言されます。




 レオン班長は、そんなお婆様を一瞥し、またわたくしへ視線を戻しました。頭から背中に掛けてを、穏やかに梳いていきます。

 かと思えば、徐に立ち上がりました。わたくしを抱えたまま、台所へ向かいます。片手でコーヒーを注ぎ、またリビングに戻ってきました。ソファーへ腰掛け、コーヒーを味わいます。



『美味しいですか、レオン班長?』



 ギアーと問い掛ければ、返事代わりに頭を撫でられました。丁寧な手付きに、図らずとも目を瞑ってしまいます。催促がてら、額をお胸にうりうりと擦り付けました。



 するとレオン班長の口角が、片方だけ持ち上がります。まるで、這いつくばる敵を愉悦まじりに見下ろすマフィアが如き表情です。わたくしのアングルからだと、凶悪度が二割増しとなります。

 ですが実際は、わたくしを温かく見守って下さっているだけなのです。お顔の造形さえ無視すれば、ただの愛情深い飼い主にしか見えません。



 そうして、コーヒーを啜るレオン班長に、只管くっ付いておりますと。




『あら?』



 不意に、お胸から剝がされました。




 レオン班長は、わたくしをソファーの座面へ下ろすと、立ち上がります。



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