45‐6.帰還です?



「レオン班長、ですよね? お疲れ様です。あの……何故、こちらにいらっしゃるんでしょうか? 特別遊撃班は、現在遠征中だと、伺っていたんですが……」



 そこでわたくしも、はっとシロクマの耳を立たせます。



 隊員さんのおっしゃる通り、確かに特別遊撃班は、熱帯地域へ遠征に行っております。だからこそ、わたくしも最初、空飛ぶバイクに乗っているのがレオン班長だと気付かなかったのです。

 それなのに、何故海上保安部の本部へいらっしゃるのでしょう? それも船ではなく、バイクでひとりやってくるなんて。もしや、特別遊撃班に何かあったのでしょうか?




「……終わった」

「え? 終わったって、な、何が、ですか?」

「……遠征」

「え? 遠征? えっ? 遠征が、終わったんですか?」



 レオン班長は、首を上下に揺らしてみせます。しかし、目線はわたくしから離しません。しがみ付くわたくしの頭や背中を、何度も撫でて下さいます。



 どうやら特別遊撃班の遠征は、随分と早く終了したようです。いえ、もしかしたら、急遽帰還することになったのかもしれません。でなければ、昨日映像付き通信機でお話をした際、わたくしに一言報告をしてくれる筈ですもの。そちらがなかったということは、予期せぬ何かがあった、ということではないでしょうか。わたくしはそう考えます。



 まぁ、何にせよ。無事に戻ってきて下さって嬉しいです。

 数週間ぶりのレオン班長の抱っこに、尻尾の動きが止まりません。




「それは、お疲れ様です。けれど……あれ? あのぅ……特別遊撃班が帰還する、という話は、聞いていないのですが……そもそも、海上保安部本部上空の通行許可は、取られましたか? 第三番隊の方へは、ちょっと、まだ、その、通達が、きていなくてですね……」



 レオン班長は、何も言いません。只管わたくしを構って下さいます。

 不自然な程、視線が外れません。

 つまりは、そういうことなのでしょう。



 流石はレオン班長です。第三番隊の隊員さんには申し訳ありませんが、わたくし、喜びさえ覚えております。なにぶん、こういった傍若無人な部分を見るのも久しぶりなものですので。全てにおいて、懐かしさが勝ってしまうのです。

 同時に、あぁ、レオン班長は本当に帰ってきたのだなと、実感も湧いてきます。感動のあまり、額をうりうりと何度も擦り付けてしまいました。




 と、不意にこの場へ、甲高い音がピーピーと鳴り響きます。

 一拍遅れて、第三番隊の隊員さんが、懐へ手を入れました。取り出した通信機を、耳へ当てます。



「は、はい、もしもし。あ、副隊長、お疲れ様です……レオン班長ですか? はい、目の前にいますが……はい……はい……あー、はい。分かりました。では、そのようにお伝えします。はい。はい、失礼します。はーい」



 通信を切り、隊員さんは、こちらを見やりました。



「あのー、レオン班長。先程、特別遊撃班の副班長さんから、クライド隊長へ通信が入ったようです。レオン班長がお一人で飛び出していってしまったので、見掛けたら船に戻ってくるよう伝えて欲しい、とのことでして、その……副班長さんに言わせると、まだ任務は終わっていない、らしいのですが……」




 え? 終わっていない? 



 一体どういうことか、とわたくしは、レオン班長を仰ぎ見ます。




 マフィアもかくやの鋭すぎる程鋭い目が、これでもかと泳いでおりました。ライオンさんの耳も、忙しなく動いております。




「そ、それと、今回の行動について、詳しく話を聞きたいので、こちらで待機しているようにと、クライド隊長から指示が出されていま――」




 瞬間。

 レオン班長は、素早く踵を返されました。



 その勢いのまま、歩き出します。




「えっ。あ、あの、レオン班長? ちょ、ま、待って下さいっ! レオン班長っ!?」



 隊員さんの声が、どんどん小さくなっていきました。

 足早に進むレオン班長を、わたくしは見上げます。



『あのー、レオン班長? 隊員さんが呼んでいますよ? パトリシア副班長とクライド隊長も、レオン班長にご用があるようですが』



 そう問い掛けるも、答えは返ってきません。ただわたくしの頭を撫で、それから、軍服の上着の中へ仕舞い込みます。

 久しぶりのレオン班長の懐は、大変居心地が良いです。思わずお胸へ頬を寄せ、目を瞑ってしまいます。



 ですが、それはそれとして、どちらへ向かわれるのでしょう。

 クライド隊長から、こちらでの待機を命じられていますけれど、待っていなくてよろしいのですか? 後で怒られてしまうかもしれませんよ?



 わたくしは、一応ギアーと飼い主を諫めます。反面、わたくしの言葉如きで、レオン班長が止めるわけがないとも思っております。

 なんせレオン班長は、海上保安部一やんちゃな特別遊撃班の長ですよ? 反抗心の塊のようなお方が、上司の指示を素直に聞くわけがございません。寧ろ、隊員さんの声を無視し、カバさんの間をすり抜けていく姿こそがしかるべき、と言っても過言ではないのです。

 まぁ、褒められたものではないとも分かっておりますが、良いのです。これがレオン班長の持ち味なのです。




「おいこらぁぁぁーっ! レオォォォーンッ!」




 不意に、辺りへ怒鳴り声が響き渡ります。

 わたくしは首を伸ばし、軍服の首元から、ひょっこりお顔を覗かせました。



 クライド隊長が、こちらへ向かって走ってきます。恐らく、レオン班長帰還の連絡を受けて、すぐさま執務室から飛び出してきたのでしょう。

 遠目からでも、毛のない眉を吊り上げているのが分かります。まるで、カチコミ中の裏社会のボスが如き、厳めしい形相です。



 つられるように、レオン班長の足も早まりました。素早く柵を飛び越え、乗ってきた大型バイクに跨ります。首へ掛けていたゴーグルも、装着し直しました。




 エンジンの掛かる音に、わたくしも、流石にぎょっとシロクマの耳を立たせます。



『え、レ、レオン班長? まさか、とは、思いますが……』




 逃げるのですか……? 空を飛んでまで……?




 声にならぬ質問が、わたくしの口から零れ落ちます。レオン班長からの返事は、ありませんでした。



 ただ、タイヤが勢い良く回転するだけです。




「てめぇ待ちやがれぇぇぇぇぇーっ!」



 クライド隊長の怒号が、下から聞こえてきます。レオン班長を追い掛けているようですが、如何せんこちらはバイクでの逃走です。もう一・二分もすれば、見事振り切ってしまうのでしょう。



 よろしいのでしょうか? と首を捻るわたくしと、よろしいのでしょうね、と苦笑するわたくしがおります。

 仮によろしくなかったとしても、わたくしにレオン班長を止める力はございません。ならばもう、このまま行けるところまでお供することにしましょう。




 あぁ、そうだ、とわたくしは、軍服の首元から、レオン班長を仰ぎ見ます。



『レオン班長、レオン班長』



 ギアーと声を上げれば、レオン班長は、ちらと視線だけをこちらへ向けました。その鋭い目つきを見つめ返し、わたくしは、微笑みます。



『おかえりなさい。わたくし、良い子で待っておりましたよ』



 シロクマの尻尾を振り、レオン班長のお胸へ額を擦り付けました。




 レオン班長は、口角を片方持ち上げます。悪だくみをするマフィアにしか見えない笑顔ですが、その眼差しは相変わらず温かいです。



 わたくしも、うふふと唇へ弧を描きました。

 そうして、高鳴るエンジン音と爽やかな風、そしてレオン班長の温もりを感じつつ、しばし空中散歩を楽しむのでした。



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