45‐3.お願いをされます



『え、ポーラ総長ったら、そんな奇抜な頭をしてたの? 本当に?』

『想像がつきませんよね? わたくしも、この目で写真を見たにも関わらず、中々信じられませんでした』

『そりゃあそうよ。だって、あのポーラ総長よ? 戦闘では勇ましいけど、普段ははんなりとした淑女なのよ? それが、ピンクと紫の縞々ってどういうこと?』

『その辺りは、わたくしも分かりません。ですが、学生時代は中々尖っていたようですし、マティルダお婆様とも初対面で殴り合ったそうですから。所謂、若気の至り、というものかと』



 はぁ、とティファニーママさんは、曖昧に首を上下させました。

 かと思えば、視線をわたくしの背後へと向けます。



 しばしそちらを見つめ、それから、うふふと笑いました。




『ねぇ、シロちゃん。ちょっと後ろを向いてみて』



 そう言われて、わたくしはくるりと振り返ります。



 いつの間にか、母カバさんと子カバさんが数名、近くにいらっしゃいました。

 何やらこちらを窺うように、耳や尻尾を揺らしています。




『シロちゃんがポーラ総長のお話をしてくれたから、皆気になっちゃったみたい。良かったら聞かせてあげてくれない?』

『はい。わたくしでよろしければ、喜んで』

『ありがとう。皆、聞こえたわね? こっちへいらっしゃい』



 わぁっと歓声が上がると、皆さん、足早に近付いてきました。わたくしとティファニーママさんを囲み、嬉しそうに大きな口を開きます。



『ねぇねぇ、シロちゃん。ポーラ総長、元気?』

『お怪我したんでしょ? 痛そうだった? 大丈夫そうだった?』

『ポーラ総長、いつ帰ってくるの?』



 子カバさん達が、次から次へと声を発しました。途中、どなたが何をおっしゃっているのか、分からなくなります。けれど、皆さんがあまりにも瞳を輝かせていらっしゃるので、わたくしは一生懸命シロクマの耳を動かして、出来る限り答えていきました。



 ところで……子カバさん達も、ポーラさんのことを、隊長ではなく、総長と呼んでいるのですね。

 いえ、よろしいのですけれども。




『……ねぇねぇ、シロちゃん』



 不意に、ひとりの子カバさんが、わたくしの傍にやってきました。お顔を寄せて、声を潜めます。



『ポーラ総長にさ、早く第三番隊に遊びにきて下さいって、お願い出来ないかなぁ?』

『ポーラさんにですか? 何故でしょう?』

『うちのパパ、とっても落ち込んでるんだ。ボク、パパに元気になって欲しくて、だから、ポーラ総長に早くきて欲しくて』



 はて? 内容が掴み切れず、わたくしは首を傾げます。

 すると、ティファニーママさんが、シロクマの耳へそっと囁きました。




『鮫が現れた時に逃げ遅れたカバが、この子のパパなのよ。どうも、ポーラ総長が大怪我をしたのは自分のせいだって、思い詰めてるみたいで』



 まぁ、と音にならぬ声が、わたくしの口から零れます。



『勿論、アタシも他のカバ達も、彼が悪いとは思ってないわ。あの時の判断は、決して間違ってなかった。ただ、ほんの少し運が悪かったの。だから逃げるのが間に合わなかったし、ポーラ総長は怪我をした。この仕事をしてたらよくあることよ』



 ティファニーママさんは、平然と言い切りました。子カバさんのお母様も、同意するように苦笑を零します。



『彼もね、分かってるの。でも、それはそれとして、色々と考えちゃうのね。もしああだったら、こうだったらって』



 はふん、とティファニーママさんは、鼻から息を吐きました。ままならぬ心に、どうしたものやら、と言わんばかりです。

 わたくしも、二度三度と首を揺らします。




『お子さんでも気付くくらいなのですから、落ち込み具合は相当なものなのでしょうか?』

『そうねぇ。声を掛けたら普通に振舞うけど、ふとした時にね、神妙な顔をしてるって言うのかしら。トレーニング時間も、少しずつ増えてるのよね。今はまだいいけど、あんまり無理をするようなら、リーダーとして止めざるを得ないわ』

『ですが、何かに打ち込んでいる間は、少なからず気が紛れるものです。完全に止めさせてしまうのも、いかがなものかと』

『大丈夫よ、シロちゃん。やることはいくらでもあるんだから。トレーニング代わりに、悔やんでる暇なんかないくらい大変なお仕事をやって貰うわ』



 ふっふっふ、と不敵な笑みを浮かべるティファニーママさん。どうやら当てはあるようです。詳しくは聞きませんけれど、母カバさん達の気の毒そうなお顔から察するに、相当なものなのでしょう。父カバさんには、是非とも頑張って頂きたいですね。




『成程、分かりました』



 わたくしは一つ頷くと、子カバさんを振り返ります。



『では、そうですね。もしポーラさんと遭遇したら、その時は、出来るだけ早く第三番隊へ顔を見せにきて欲しい旨を、お伝えしましょう。ついでに、こちらへいらっしゃる場合は、いつ頃になるのかも聞いておきますね』

『ほ、本当、シロちゃん?』

『えぇ。ですがあくまで、ポーラさんと遭遇したら、ですよ? 生活圏が違うのか、これまでポーラさんらしき方と出くわした記憶がないのです。なので、可能性は低いかもしれませんが、それでもよろしければ』

『うんっ、大丈夫ですっ。よろしくお願いしますっ』



 子カバさんは頭を下げると、嬉しそうに尻尾を振りました。




『ありがとうね、シロちゃん。ボクのお願い、聞いてくれて』

『お礼を言われる程ではございません。わたくしとて、家族が落ち込んでいたら、どうにかしようとしますもの』



 まぁ、レオン班長は、あまり気落ちするタイプではございませんけれども。マティルダお婆様とクライド隊長とラナさんも、多少元気をなくすことはあれど、長く引きずる方々ではございません。

 それでも、その背中がしょんぼりと丸まっていたら、どうにか真っすぐ伸ばすべく、わたくしなりに奮闘するでしょう。



『それに、必ずしも力になれるとは限りませんから。ですので、お礼は結構です。それよりも、お父様が一日でも早く立ち直って頂けるよう、寄り添ってあげて下さい。こういう時は、ご家族が傍にいるだけで、お父様も心強いでしょうから』



 子カバさんは、元気いっぱいにお返事をしました。母カバさんも、良かった良かった、とばかりに、お子さんへ微笑み掛けます。




『ありがとう、シロちゃん。ごめんなさいね』



 ティファニーママさんが、またそっとわたくしに囁きました。少々困ったように、カバさんの耳が下がります。



 わたくしは、黙って首を横へ振ってみせました。どうぞお気になさらず、という気持ちを微笑みに乗せて、ティファニーママさんを見つめます。

 すると、わたくしの想いが伝わったのか、カバさんの耳はゆっくりと立ち上がりました。そうして、はにかむように笑みを浮かべたのです。



 他の母カバさん達やお子さん方も、わたくしとティファニーママさんに釣られたのか、笑い合いました。

 辺りに、温かな声が響きます。空気も一層和らぎました。




 子カバさん達は、わたくしにポーラさんのことを教えてくれます。自分達の隊長がどれ程格好良いのか、言葉を尽くしてくれました。時折母カバさん達も、敬愛を込めてお話して下さいます。

 そんな皆さんを、ティファニーママさんは、慈愛の眼差しで眺めました。養い子の皆さんと同じように愛情を向けていらっしゃるのだと、一目で分かります。母性の強い方なのです。

 わたくしも大きくなったら、ティファニーママさんのように、強くて格好良い淑女になりたいものです。



 そう深く頷いておりましたら。




『あら?』



 不思議な音を、シロクマの耳が捉えました。




 わたくしは、辺りを見回します。特に異変はございません。いつもと変わらぬ光景が広がっています。

 ですが、間違いなく聞こえるのです。それも、徐々に大きく、強くなっています。



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