45‐2.そっくりです



『そのポーラさんですが、海上保安部の第三番隊へ、近々お顔を出しにくるとおっしゃっていましたよ。隊員さんや軍用カバさん達の様子を、久しぶりに見たいのだとか』

『まぁっ、本当っ?』



 ティファニーママさんの円らな瞳が、きらりと輝きます。



『そう、ポーラ総長がくるの。あらあら、どうしましょう。急いでお出迎えの準備をしないといけないわ』

『お、落ち着いて下さい、ティファニーママさん。確かに、近々いらっしゃるとはおっしゃっていましたが、正確な日程はまだ分からないのです。それなのに今から準備をしても、無駄になってしまう可能性が高いのではないかと』

『あ、それもそうね。やだ、アタシったら。つい浮かれちゃったわ』



 ティファニーママさんは、気恥ずかしげに肩を竦めました。前足も動かし、地面を何度も踏み締めます。わたくしが何かを誤魔化す時と、同じ仕草です。思わず笑みが零れました。




『ティファニーママさんは、ポーラさんのことが大好きなのですね』

『勿論よ。アタシね、昔からポーラ総長に憧れてるの。あんな女性になりたくて、一時は仕草や言葉遣いを真似してたこともあるのよ? まぁ、すぐに止めちゃったけど』

『何故ですか? 想像するに、とてもお似合いだと思いますが』

『あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない。でもねぇ、やってみて分かったんだけど、ポーラ総長のあの言葉使いは、凄く難しいし、時間も掛かるの。だって、自分の言いたいことを頭の中でいちいち変換してから、喋らないといけないのよ? そのちょっとしたタイムラグが、もうじれったくてねぇ。それで止めたと、そういうわけ』 



 成程。確かに、慣れぬことをしようとすると、己の想像以上に手間取ってしまい、やきもきすることはございますよね。



『そこへいくと、シロちゃんは凄いわね。ポーラ総長と同じ喋り方を、こんなにスラスラと使いこなしてるんだもの。羨ましいわ』

『ありがとうございます、ティファニーママさん。ですが、わたくしの場合は、元々この口調なだけですので。褒められる程のものではございません』

『それでも、羨ましいことに変わりはないわ。口調だけじゃなく、見た目もポーラ総長そっくりで、本当に羨ましい。アタシも来世はシロクマさんになろうかしらぁ』



 大げさに溜め息を吐き、ティファニーママさんは首を横へ振ってみせます。わざとらしい程悲しげな表情が、何だか笑いを誘いました。

 わたくしが喉を鳴らせば、ティファニーママさんもすぐさま笑います。




『何をおっしゃいますか。ティファニーママさんも、ポーラさんと似ている部分があるではありませんか』

『あら、そう? 自分では、いまいちピンとこないけど』



 目を瞬かせるティファニーママさんに、わたくしは自信を持って頷いてみせました。



『戦っている時の口調や迫力は、そっくりですよ』



 わたくしは、先日強盗相手に大暴れしていたポーラさんの姿を、思い浮かべます。



『強盗目掛けて駆けていく背中は、勇ましく相手へ挑むティファニーママさんを彷彿とさせたものです。他にも、相手をはっ倒した時の気迫や、普段とギャップのある言葉使いなど、様々な点が、まるで瓜二つでした』



 驚くティファニーママさんへ、微笑み掛けました。



『ですのでティファニーママさんは、通常時のポーラさんではなく、緊急時のポーラさんと似ているのだと、わたくしは思います』



 ついでに、周りから頼りにされている点や、仲間の為に怒る優しい点も、ポーラさんと一緒かもしれませんね。わたくしは、似ていると思う部分を、言葉に出してお伝えします。




 するとティファニーママさんは、大きな口を蠢かせました。目線も彷徨わせ、カバさんの耳と尻尾を、頻りに動かします。



『そ、そう? アタシ、戦ってる時のポーラ総長に似てるかしら?』

『えぇ。わたくしの目には、そう映りましたよ』

『……だとしたら、光栄だわ。第三番隊を率いて戦うポーラ総長は、とっても格好いいから。そんな総長に少しでも近づけてるなら、軍用カバのリーダーとして、これ程嬉しいことはないわね』



 うふふ、と円らな瞳が、緩やかに弧を描いていきました。

 わたくしの口角も、自ずと持ち上がっていきます。




『力持ち、という点でも、ティファニーママさんとポーラさんは似ているかもしれませんね。マティルダお婆様が、学生時代からパワーでポーラさんに勝てなかった、とおっしゃっていましたもの。休職の原因となった巨大鮫さんとの戦いでも、その黄金の右腕で、鮫さんを見事倒したのだとか』

『そうなのよっ。もう本当に凄かったわ。勿論、心配もしたんだけどね? そんなアタシ達の不安を吹き飛ばすかのように、鮫をざっぱーんっと空へ打ち上げたの。流石はポーラ総長だわ』

『その一件を聞いたポーラさんの後輩の方々も、とても感心されていたと聞きました』

『あぁ、昔ポーラ総長と同じチームに所属してたメンバーね。第三番隊にも何人かいるんだけど、もうお祭り騒ぎだったわ。“ポーラ総長、かっけーっすっ!”とか言って喜んだり、泣いたり、知り合いに連絡したり。あんまり煩いから、ここの獣医官でもある副総長に、きゅっと絞められてたわ』



 きゅ、が、どうにも可愛く聞こえないのは、わたくしだけでしょうか。



 何故かは分かりませんが、きゅ、ではなく、ぎゅぎゅぎゅぎゅうぅぅぅぅぅーっ、だったような気がしてなりません。



 それと、わたくし今知ったのですが。こちらの獣医官さんは、第三番隊の副隊長にして、元副総長だったのですね。どうりでレオン班長がわたくしの診断結果について難癖を付けた時も、動じずに対応して下さっていたわけです。ポーラさんの元チームメイトであれば、レオン班長程度の強面など、屁でもないのでしょう。



 ついでに、黙れこの素人、と言わんばかりの笑顔にも納得です。

 元ヤンなだけあり、血の気はそれなりに多いのでしょうね。




『母性溢れる点も、そっくりかと思いますよ? ポーラさんには、六名のお子さんがいらっしゃるそうですが、皆さん、それはもう伸び伸びと育っているみたいですし』

『それはアタシも聞いたことがあるわ。一番下の子を除いて、皆不良の道を進んだらしいわね。次男は、ポーラ総長が作ったグループを継いだんですって?』

『そのようですよ』

『親子で総長なんて、凄いわよね。その流れで、ドラモンズ国軍にも入ってこないかしら? 所属は当然、海上保安部の第三番隊よ。それ以外認めないわ』



 ふんっ、と鼻を鳴らすティファニーママさんに、わたくしも大きく頷きます。



『もしそうなったら、素敵ですね。わたくしも、ポーラさんの息子さんに会ってみたいものです』

『アタシも会いたいわ。あの子がずーっと小さい頃に、二・三度顔を合わせたっきりだから。後はポーラ総長から話を聞くだけ』

『一体どれ程やんちゃな方なのでしょうね? 若かりし頃のポーラさんのように、頭の毛をピンクと紫の縞模様に染めているのでしょうか?』

『ちょっと待ってシロちゃん。何それ、初耳なんだけど』



 ティファニーママさんは、目を見開きました。カバさんの耳と尻尾も、ぴんと真っすぐ伸ばします。



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