45‐1.ご報告です



『――と、いうわけで。案の定撮影は長引き、非常に疲れました。ありがたい反面、もう少し手加減して頂きたかったです』



 先日のシロクマライダーからの撮影会の顛末を、わたくしはティファニーママさんと養い子の皆さんに語ります。

 草臥れたようにシロクマの耳を伏せるわたくしに、ティファニーママさんは苦笑しました。




『大変だったわねぇ、シロちゃん。お疲れ様』

『えぇ、本当に大変でした。お家へ帰る頃には、もう自力で動けなかったです。ずーっとソファーの上でぐったりしておりました』

『えっ。シロちゃん、動けなかったのっ?』

『大変じゃーん。そんなに頑張って、シロちゃん偉ーい』



 子兎さんと子鳥さんが、わたくしを称えるように寄り添って下さいます。子狸さんと子狐さんは、心配そうにわたくしのお顔を覗き込みました。



『でも、あんまり無理するのは良くないぞ、シロ』

『そうだぞ。何事も程々がいいって、ママも言ってたぞ』



 その意見に、わたくしは深く頷きます。事実、わたくしは程々なところで終わりにしようとしたのですよ? しかし、ノリにノッたステラさんとラナさんとチーちゃんさんの前では、なす術もありませんでした。



 まぁ、ノリノリだったのは、ステラさん達だけではございませんでしたが。




『トンちゃんさんも、それはもうノリノリでしたよ』



 そう言うと、ティファニーママさん達の耳が、ぴんと立ち上がりました。表情も、明るさを増します。



『バイカーファッションを着こなし、華麗なポージングを決めておりました。その後も、ステラさんが作った衣装を何度も着替えては、笑顔で撮影に臨むのです。生けるぬいぐるみと化したわたくしの傍らで、才能を遺憾なく発揮されていましたよ』

『そう。あの引っ込み思案なトンちゃんが、モデルさんをしてるだなんてねぇ』

『素晴らしいですよ、トンちゃんさんは。逸材とは、正にこのことです』



 しみじみと呟けば、ティファニーママさんは、優しく相槌を打って下さいました。養い子の皆さんも、兄弟の活躍に嬉しそうです。




『ねぇねぇシロちゃんっ。トンちゃん、元気だったっ? 泣いてなかったっ?』

『はい、お元気でしたよ。泣いてもおりませんでした』

『里親さんとは、仲良くなれてるのかなー?』

『勿論ですとも。本当のお子さんのように、大切にされています』

『友達とか、ちゃんと作れてるか? 大丈夫か?』

『えぇ、大丈夫です。わたくし以外の方ともお話しているところを、何度も見たことがございますよ』

『あいつ、幸せそうか? 笑ってるか?』



 矢継ぎ早に掛けられる問いに、わたくしは、満面の笑みで答えます。



『トンちゃんさんは、わたくしと会う度に、里親さんのお隣で幸せそうに笑っていらっしゃいますよ』



 自信を持って、そう断言出来ます。



 迷いなく頷いたわたくしに、養い子の皆さんは、ほっとしたようにお顔を綻ばせました。そうして、普段のトンちゃんさんの様子や、里親であるマー君さんとチーちゃんさんについてなどを、わたくしに質問しました。

 その度、わたくしも分かる範囲で答えていきます。少しでも安心して頂けるよう、出来る限り丁寧に。




『そういえば、トンちゃんさんは里親ご夫婦と共に、近々こちらへお顔を出すとおっしゃっていましたよ』

『えっ、本当っ?』

『えぇ。何でも、そろそろ面談を受ける時期だそうでして』



 海上保安部では、養い子を里子に出すと、定期的に里親も交えて面談を行うそうです。きちんと養育されているか。愛情を持って接されているか。生活環境に変化はないか、などなど。いくつもの点を確認しては、里子が不幸にならないよう、細心の注意を払うのです。

 大抵の場合は、何の問題もなく一生を過ごされるようですが、中には様々な理由で里親との生活が難しくなることもあるらしいですからね。迅速に対応する為にも、面談は欠かせないのだとか。



『じゃあ、トンちゃんとまた会えるんだねっ。やったーっ』

『トンちゃんさんも、とても楽しみにされていましたよ。何をして遊ぼうかと、今から考えているそうです』

『そうだよねー。何しようか、悩むよねー。ボール遊び? 追いかけっことか?』

『オレ、追いかけっこがいいな。この前きた時、他の兄弟と皆で走り回ったの、すっげぇ楽しかったしっ』

『あっ。ていうか、あいつらにも教えてやった方が良くないか? 今度トンプソンがくるぞーって』



 確かにーっ、と一斉に声が上がりました。そわそわと体を揺らし、今にも走り出したそうです。

 そんな皆さんに、わたくしのお顔は自ずと笑みを象りました。




『よろしければ、他のご兄弟へ知らせに行ってあげて下さい。きっと喜ばれますよ』

『えっ。でも、いいのシロちゃんっ?』

『はい。わたくしのことは、どうぞお気になさらず』

『うーん……じゃー、ちょっとだけ行ってくるねー』

『すぐ戻ってくるからな、シロ。ちょっと待っててくれな』

『急がずとも大丈夫ですよ。わたくし、本日は終業時間までこちらにお邪魔しておりますので』

『ありがとうな。後でまた遊ぼうな』



 そうして、養い子の皆さんは駆けていきます。トンちゃんさんの来訪を、同じく養い子のご兄弟達へ、知らせにいきました。

 うきうきとした後ろ姿に、わたくしはまたしても笑みを零します。



『ありがとうね、シロちゃん。気を遣って貰っちゃって』

『いえ、そういうわけではございません。ただ、もしわたくしが養い子の皆さんと同じ立場ならば、すぐにでも他のご兄弟にお伝えしたいと思うでしょうから。ご兄弟もまた、一秒でも早く知りたいと思いますので、行って頂いただけですよ』



 ティファニーママさんにそう笑い掛ければ、ティファニーママさんも大きな口を緩ませ、カバさんの耳をぴるぴると揺らします。尻尾も振って、わたくしにもう一度お礼を言いました。




『あぁ、そうです』



 こちらへいらっしゃる、といえば。




『ティファニーママさんは、ポーラさん、というシロクマの獣人をご存じですか? どうやら、海上保安部の第三番隊に所属しているようですが』

『シロクマ獣人のポーラ、というと、多分うちの隊長ね。少し前に怪我で休職したから、今はここにいないんだけど』

『そのポーラさんと、わたくしのお婆様が、実は親友だったのです。先日、オープンカフェでポーラさんとご一緒させて頂いた時に、発覚しまして』

『まぁ、そうだったの。ポーラ総長は元気だった? 怪我の具合はどうなのかしら?』

『えぇ、お元気でしたよ。たまたま強盗の犯行現場に居合わせたのですが、強烈な右フックを繰り出して、相手をノックアウトしておりました』

『あらやだ。右フックって、骨折した方の腕じゃない。大丈夫なの?』

『ポーラさん曰く、怪我は殆ど治っているそうですよ。復帰の日も遠くないとおっしゃっていました』

『はぁー、良かった。アタシはてっきり、また無茶をしたのかと思ったわ。怪我を負った時だって、鮫がいる海にひとりで飛び込んでいったのよ? もうあんな血塗れなポーラ総長なんて、見たくないわ』



 はふんと鼻から息を吐き、ティファニーママさんは耳を伏せます。相当ショッキングな光景だったようです。まぁ、自分の隊の隊長が大怪我を負ったら、誰だって心配しますよね。



 ところで、ですが。




 先程から気になっていたのですけれど、何故ティファニーママさんは、ポーラさんのことを『隊長』ではなく、『総長』と呼んでいるのでしょうか?




 いえ、理由は、何となく分かるのです。ポーラさんは学生時代、不良チームの総長を務められていましたからね。恐らくその流れで、総長と呼ばれているのではないでしょうか。言わば、あだ名ということですね。



 ……まさか、とは、思いますが。現役で総長である、だなんて、そのようなことは、ございませんよね?

 所属していた不良チームからは、既に脱退されているのですもの。わたくし、違うと信じておりますよ?



 ま、まぁ、それはさておきです。



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