44‐6.海です



「何がいいかなー? バイクだから、ケーキとかゼリーとか、崩れやすいものは止めた方がいいよねー」

『確かに、振動で倒れてしまう恐れがございますものね。わたくしが押さえておくわけにも参りませんし、ここは多少の衝撃にも耐えられるような、焼き菓子などはいかがでしょうか?』

「うーん、でもなー。今の気分的には、大量の生クリームとかカスタードクリームとかを、もりもりかっ食らいたい感じなんだよなー」

『でしたら、シュークリームやエクレアはいかがですか? その辺りでしたら、少々転がってしまったとしても、問題なく食べられるかと』



 相談の結果。手土産は、シュークリームに決定しました。どうやら、海上保安部の本部の近くに、ラナさんおすすめのお店があるようです。生クリームとカスタードクリームがたっぷりと入っており、是非ステラさんとチーちゃんさんにも召し上がって頂きたいのだとか。



「店も決まったことだし、早速行くぞー」

『おー』



 前足をちょいっと持ち上げれば、そちらを合図に、ラナさんは一本隣の道へ入ります。そのまま真っすぐ進み、時折右へ左へ曲がって、目的のお店までやってきました。




「シロちゃん、ちょっとごめんねー」



 無事お目当てのスイーツを購入したラナさんは、サイドカーの椅子の下へ、シュークリームが入った箱を置きます。ぐいっと奥へ押し込むと、徐にお顔を上げました。



「多分これで大丈夫な筈ー。もし箱が飛び出してきたり、下で暴れるようだったら、私に声掛けてくれるー?」

『分かりました。気を付けて見ておきますね』



 お任せあれ、とばかりに微笑んでみせれば、ラナさんも笑い返して下さいました。わたくしの頭も撫でてから、安全運転でまた走り出します。




「シロちゃんは、この辺りにきたことあるー? 家とは反対方向だから、もしかしたら初めて行く感じかなー?」

『そうですね。海上保安部と陸上保安部の本部へ向かう以外は、お家の周辺しか歩いたことはございません』



 ですので、先程から初めて見る光景ばかりで、とても楽しいです。サイドカーの上からですと、余計に非日常的な景色に見えました。先程から、わくわく感が止まりません。



「じゃあ、あれも初めて見るのかー」



『あれ、ですか?』



 あれとは、一体何なのでしょう。見る、ということは、わたくしが普段足を運ばない場所に何かがある、ということなのでしょうが、一体何があるのかまでは分かりません。

 質問をしてみても、ラナさんは


「そっかそっかー。なら、もしかしたらシロちゃん、びっくりしちゃうかもしれないなー」


 と首を上下させるばかりで、答えて下さいませんでした。




 わたくしがびっくりしてしまうかもしれないものとは、果たして何なのか。疑問しかございませんが、まぁ、その時がくれば自ずと分かるでしょう。そう己に言い聞かせ、わたくしはサイドカーの座面へ、しかとお尻を付けました。ラナさんの運転に、身を任せます。



 そうして道なりに走ること、しばし。前方に見えてきた交差点を、ラナさんは左折します。



 すると。




『まぁ……っ!』




 目の前に、青い海が広がりました。白波が其処彼処で立っては、緩やかに消えていきます。空にはかもめさんが飛び交い、水平線の辺りでは船らしき影が浮かんでいました。



「シロちゃんどうー? 海だよー。綺麗でしょー」

『えぇ、えぇ。とても綺麗ですね、ラナさんっ』

「入ったりは出来ないんだけど、でも、すっごい絶景でしょー? だから、この海沿いの道をバイクで走ると、すっごい気持ちいいんだー。晴れた日には特にねー」



 成程、確かに気持ちが良いですね。美しい景色と、爽やかな風。、心地良い振動に揺られながら、大好きな家族と共に、毛と尻尾を靡かせる。なんて贅沢な時間なのでしょう。最高です。




「ここからねー、海上保安部の本部に出入りする船が、ちょっとだけ見えるんだー。それを目当てに、この辺を訪れる観光客とかいるんだよー。船好きな人が、でっかい撮影機抱えて待機してることもあったなー。あ、ほら。あんな感じで」



 と、ラナさんが示した先には、大砲のようなレンズが付いた撮影機を三脚に乗せ、海の方を向いている男性の姿がありました。クライド隊長よりも年上でしょうか? ファインダーを覗いたまま、微動だにしません。



「ああやって、シャッターチャンスがくるまで、じーっとしてるの。あの忍耐力は本当凄い。偵察とかさせたら、多分めっちゃ上手いと思う」



 独特な目線でラナさんは語ります。

 偵察がお上手かはさておき、ぴくりとも動かず只管待機している点は、ラナさんのおっしゃる通り凄いですね。その集中力と巨大なレンズから、何となくですが、ステラさんを彷彿とさせます。きっとそれだけ船が好きということなのでしょう。



 船が好きならば、特別遊撃班の専用船も、撮影したことがあるのでしょうか? もしそうだとしたら、嬉しいです。

 なんせあの船は、リッキーさんが改造に改造を重ねた特別製ですもの。そんじょそこらの船とはわけが違います。ドラモンズ国軍一と謳われる整備士の妙技を、是非とも記念に残して頂きたいものです。




 なんて考えておりましたら。ふと、海側から、風が吹き付けてきました。

 途端、わたくしの鼻が、潮の香りを捉えます。わたくしにとっては慣れ親しんだ、懐かしささえ覚える匂いでした。



 特別遊撃班の皆さんをお見送りしてから、わたくしは一度も船に乗っておりません。海にも近付いておりません。だからなのか、何だか随分と久しぶりに嗅いだような気がします。

 可笑しいですねぇ。レオン班長達と離れ離れになって、まだ一か月も経っておりませんのに。




『レオン班長……』



 潮風を浴びながら、わたくしは水平線を見つめます。当たり前ですが、特別遊撃班の専用船が見えるわけではございません。

 けれど、この海の向こうには、きっとレオン班長達がいらっしゃるのでしょう。

 お仕事を頑張っている、かは、定かではございませんが。少なくとも、やんちゃ三昧なのは間違いありません。時折クライド隊長が頭を抱えていらっしゃるので、恐らく本日も色々とやらかしているのでしょうね。元気なようでなによりです。




『……わたくしも、早く皆さんに合流したいものです』



 ころりと、口から言葉が転がり出ました。



 途端、頭の中に、楽しかった船での生活が、次々と浮かび上がります。



 そのどれもが笑顔に溢れ、そして、わたくしの隣には、必ずレオン班長がいらっしゃいました。マフィアもかくやの強面をほんのりと緩め、わたくしを優しく撫でて下さるのです。




 不意に、胸を締め付けられるような感覚が、じんわりと滲みました。

 わたくしは目を瞑り、ゆっくりと息を吸い込みます。込み上げたものを宥めるように、深呼吸を繰り返しました。



 すると、わたくしの鼻を、またしても潮の香りが掠めていきます。お顔にも当たり、わたくし自慢の白い毛を、揺らしていきました。




 まるで、海がわたくしを慰めているかのようです。




『……うふふ』



 わたくしは、音もなく瞼を持ち上げました。目の前には、青く美しい海が、変わらず広がっています。



 この海のどこかには、レオン班長率いる特別遊撃班の専用船が、浮かんでいるのです。そう考えたら、先程の潮風は、本当にわたくしを慰めてくれたのかもしれません。遠く離れた場所にいる、レオン班長の代わりに。




『……なんて思ってしまうのは、わたくしの考えすぎでしょうか?』



 くすくすと笑っていれば、ラナさんが振り返ります。



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