44‐5.書類をお届けです
「はい、これ。頼まれてた奴」
「あぁ、ありがとう」
マティルダお婆様は、差し出された封筒の中身を確認します。何度か視線を左右へ動かし、徐に頷かれました。
「うむ、今度こそ間違いないようだ。確かに受け取ったぞ」
そう言うと、お婆様はご自分が持ってきた封筒も開けて、中を検め始めます。
「……ふむ、こちらも合っているな。では、ラナ。この書類を、クライドのところまで届けてくれ。頼んだぞ」
「はいはい、頼まれましたー」
ラナさんは封筒を受け取り、開いたバイクのシートの中へ入れました。
「じゃ、お父さんのとこ行ってきまーす」
「あぁ。本当にありがとう、ラナ。助かった。シロもきてくれてありがとう。予期せずお前の顔が見られて、とても嬉しかったぞ。この後の会議も頑張れそうだ」
『わたくしも、お婆様のお顔が見られて、嬉しかったですよ。午後からもお仕事頑張って下さいね』
ギアーと応援するわたくしに、マティルダお婆様は優しく微笑み掛けて下さいます。わたくしとラナさんを抱き締め、頬ずりをすると、陸上保安部の本部内へ、颯爽と戻って行かれました。
「よーし。じゃあ私達も行こうかー」
エンジンを掛け、ラナさんは地面を蹴ります。そうして海上保安部の本部へ向かい、バイクを走らせていきました。
「あ、そうだシロちゃーん」
『何ですか、ラナさん?』
「お父さんの荷物届けた後、もし時間あったらさー。今日のお昼用に、なんか食べ物買ってこうか。ほら、ステラさんは場所を提供してくれるし、チーちゃんはおすすめのお店でテイクアウトしてきてくれるからさ。お礼も込めて、デザート的なものを持っていったら喜んで貰えるかなーって思ったんだけど、どうかなー?」
『とてもよろしいと思いますよ。ステラさんもチーちゃんさんも、きっと喜ばれます』
そんなお話をしておりましたら、海上保安部の本部前へ到着しました。
路肩へバイクを止め、ラナさんは通信機を取り出します。
「あ、もしもーし。お父さーん? ラナでーす。今大丈夫ー?」
『あぁ、大丈夫だ。海上保安部の本部に着いたのか?』
「あれ? 何で分かるの?」
『ちょっと前に、マティルダから連絡があったんだ。間違えて持っていっちまった書類を、今からラナが届けにいくって』
「あ、そうなんだー。そーそー。今ね、正面玄関の辺りにいるの。シロちゃんと一緒に。取りにきて欲しいんだけど、大丈夫そうー?」
『あぁ、分かった。すぐ行くから、ちょっと待ってろ』
「はいよー。それとさー、シロちゃん用の哺乳瓶とミルク、持ってるー?」
『は? 哺乳瓶とミルク? 一応持ってっけど』
「貸してー。ここにくる途中で、友達とこの後ご飯食べる約束してさー。でもシロちゃんのミルク、今持ってないんだよねー。家に取りに帰ってもいいんだけど、お父さんが持ってるなら、借りた方が早いなーって思って」
『はぁ……まぁ、いいけどよ。ちょっと待ってろ』
「はーい」
通信を切り、ラナさんはこちらを振り返りました。
「お父さん、これからくるってー。シロちゃんのご飯も持ってきてくれるよー。良かったねー」
ヘルメット越しに頭を撫でられ、わたくしのお顔も自ずと綻びます。
あはは、うふふ、と笑い合っておりますと。通りすがりの海上保安部の隊員さん達が、何だかこちらを見ているような気がしました。
視線を向ければ、顔なじみの隊員さんと目が合います。どうやら、わたくしの格好に驚いているようです。
『こんにちは、お疲れ様です』
ギアーと前足を挙げてみせれば、丸くされていた瞳が、緩やかに弧を描きました。小さく手も振って下さいます。
その後も、通り掛かった隊員さん達は、わたくしを見て、驚かれていました。名前も呼ばれますので、わたくしもご挨拶を返します。中には、わざわざ撮影機を持ってきて下さった方もいらっしゃいました。折角なので、記念に撮って頂きます。わたくし単体での撮影もあれば、ツーショットでの時もありました。
「いきまーす。はい、チーズ」
ツーショット時は、ラナさんがシャッターを押して下さいます。
お礼を言う隊員さんを見送り、つと、ラナさんはわたくしを振り返りました。
「シロちゃん、人気者だねー。海上保安部の隊員さん達に、いっぱい声掛けられちゃったねー」
『うふふ、人気者だなんて。単に、バイカーファッションでサイドカーに乗っているシロクマが、物珍しいのですよ』
照れ隠しに前足で座面を揉めば、ラナさんの笑みは深まります。からかうようにわたくしの頬を擽ってくるので、その手を避けようと身を捩りました。
「ラナ」
前足でラナさんの手を挟んでおりますと。海上保安部の本部の玄関から、クライド隊長が現れました。手には、紙袋が握られています。
「あ、お父さーん。やっほー」
『お疲れ様です、クライド隊長』
クライド隊長は、ラナさんに手を挙げ返し、それからわたくしを見ました。
二度見しました。
「……何だ、その格好は」
「あ、これー? いいでしょー。シロクマライダー、可愛いでしょー?」
「いや、シロクマライダーだろうが何だろうが構わねぇが、大丈夫なのか、これ。主に安全面とか」
「ヘルメット被ってるから、大丈夫じゃないかなー?」
「被ってるっつったって、人間用だろ。このシートベルトだって、シロクマに有効なのか? 万が一の時に機能しねぇなら、やってても意味ねぇだろうが」
「まー、ないよりはマシなんじゃない? 私も、めっちゃ安全運転心掛けてるしさ。万が一が起こらないようにするって」
「お前がそう思ってても、起こる時は起こるんだぞ。安全運転するのは当たり前として、それとシロが怪我しないかどうかは、関係ねぇんだからな」
「分かってるよー。だったらお父さんだって、子供二人乗せてバイク乗らないでよー。しかも片方は、スリングで抱っこしてるんでしょー? 危ないじゃーん、止めなよー」
「いや、もうやってねぇよ」
「分かんないよー? 今後シロちゃんだけじゃなく、孫を抱えてバイク乗る日がくるかもしれないじゃーん」
「……くるのか? 俺が、孫を抱えて、バイクに乗る日が? 本当に?」
ラナさんは、そっと目を逸らします。無言です。ライオンさんの耳と尻尾が、忙しなく動いています。
「………………ま、まぁ、いいじゃん。この件に関しては。ねっ?」
それより、とラナさんは両手を叩き、あからさまに話題を変えました。クライド隊長が大きな溜め息を吐いていますが、気にせず身を翻し、バイクのシートを開きます。
「はい、これ。お母さんから頼まれた奴でーす」
封筒を差し出されたクライド隊長は、すぐさま中身を確認しました。ぺらぺらとページを捲り、徐に頷かれます。
「ありがとうよ、ラナ。これで午後からどうにかなりそうだわ」
「なら良かったー。すっぴん隠しながらやってきた甲斐があったよー」
「悪ぃな、たまの休日だってのに。ご苦労さん」
「いーえー」
ラナさんは、手を軽く横へと振りました。バイクのシートを閉めると、軽やかに跨ります。
「じゃ、私行くねー」
「おぅ、助かったわ。気を付けて帰れよ」
「はーい」
ライオンさんの尻尾を揺らめかせ、ラナさんは笑いました。クライド隊長に見送られつつ、出発します。
遠くなるクライド隊長へ、わたくしもシロクマの尻尾を振りました。それから、ラナさんを見上げます。
「よーし。じゃー、シロちゃん。まだ正午まで時間もあることだし、お昼に食べる丁度良さげなデザートでも探しに行こっかねー」
わたくしは、自慢の白い毛を靡かせつつ、了承の返事をギアーと返しました。
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