30‐2.実力を披露します
『皆ー、そろそろ休憩しましょうねー』
不意に、ティファニーママさんから声が掛かりました。そちらを合図に、わたくし達は池から上がります。軽く身震いし、水滴を落としました。
『お疲れ様、シロちゃん』
『お疲れ様です、ティファニーママさん。その、いかがでしたか? わたくしの動きは。変な所はあったでしょうか?』
『これと言って気になる部分はなかったわ。水に恐怖心があるわけでもないみたいね。いいことだわ』
にこにこと笑みを絶やさず、ティファニーママさんは尻尾を揺らします。どうやら及第点だったようです。わたくしは、ほっと胸を撫で下ろしました。
「あれ? シロちゃん?」
「あ、本当っすね。池で遊ぶなんて珍しくないっすか?」
不意に、第三番隊の隊員さんが二人、こちらへ近付いてきます。運動場のお掃除中なのか、手には箒とちりとりが携えられていました。
「どうしたんだ、シロちゃん。今日はこっちで遊んでるのか?」
『いえ。わたくし、本日はティファニーママさんに、水泳のお稽古を付けて頂いているのです』
「そうなんすかぁ。水遊び、楽しいっすもんねぇ」
「でも、気を付けるんだぞ? 水辺は、浅くても危険がいっぱいだからな?」
「そうっすそうっす。シロちゃんに何かあったら、あの怖い班長さんが乗り込んでくるっすからね? 本当頼むっすよ?」
怖い班長さんとは、間違いなくレオン班長のことですね。
確かにレオン班長ならば、わたくしの異変が連絡され次第、第三番隊まで突撃してきそうです。そうして、獣医官さんに多大なるご迷惑を掛けるのでしょう。出来ることならば避けたい展開ですね。
『分かりました。レオン班長が呼ばれないよう、気を付けながら練習をしますね』
微笑みながらそう宣言すれば、お二人はわたくしの頭を撫でて下さいました。ティファニーママさんも一撫ですると、お掃除道具を抱えて去っていきます。
『心配されてしまいましたね、ティファニーママさん』
『そうねぇ。まぁ、子供の事故はままあることだからね。命に関わる可能性もあるし、気を付けすぎる位で丁度いいのよ。保護者側も、子供側もね』
成程、と頷くわたくしに、ティファニーママさんは喉を鳴らしました。
『じゃあ、シロちゃん。そろそろ次に行きましょうか』
そう言うと、わたくし達は、お隣にある二番目に浅い池へやってきます。
『今度は、ここでシロちゃんの出来ることと出来ないことを見ていこうと思うわ』
そうして、ティファニーママさんの指示通りに、わたくしは動いていきます。水にお顔を付ける所から始め、全身を池の中に沈められるか、水中で目を開けられるかなど、様々な動作を行っていきました。
『うんうん、いいわよシロちゃん。ありがとうね』
ティファニーママさんは、二度三度と頷きます。
『基本的な部分は、きちんと出来ているみたい。特別遊撃班の方々と練習した成果が、目に見えて伝わってきたわよ』
『ほ、本当ですか?』
『えぇ。シロちゃんの頑張りも、とってもよく分かったわ。沢山練習してるのね』
凄いわ、と手放しに褒められ、自ずと口角が持ち上がってしまいます。前足も、思わずもじもじと擦り合わせました。
『じゃあ、そうね。次は、向こうの池で、実際に泳いでみましょうか』
ティファニーママさんの言葉に、はっと耳を立ち上げます。
途端、緊張が体へ走り、無意識に身構えたのが分かりました。
ティファニーママさんの後に続いて、一番深い池へと移動します。
まぁ、深いと言っても、子カバさん達の鼻が出る程度です。ということは、わたくしならば、背伸びをすれば水面からお顔を出せる位ということでしょう。ですので、そこまで深いという印象ではありません。わたくしが水泳の練習時に使っている水槽よりは、浅い造りになっているようです。
『……だから、大丈夫です……』
自分に言い聞かせつつ、わたくしは池の縁に佇みました。深呼吸をしてから、ゆっくりと水の中へ足を入れます。
案の定、つま先立ちをすれば、水面からお顔が出ました。よたよたと揺れる体でどうにかバランスを取りつつ、待機します。
『まずは、この池の端に沿って、ぐるっと一周歩いてみましょう。慣れない場所でいきなり泳ぐっていうも、緊張しちゃうだろうしね。さ、あたしに付いてきて』
そう言って、水の中を歩き出すティファニーママさんの後を、わたくしは追い掛けました。
『池の端の方は、比較的浅い造りになってるからね。反対に、真ん中へ近付けば近付く程、深くなっていくの。だから泳ぐ時以外は、なるべく外側を歩くようにしてね。心構えなしに行ったら、危ないからね』
『あ、は、はい。分かりました』
わたくしは池の底を蹴り、飛び跳ねるようにして前へ進みました。そんなわたくしの後ろを、更に子カバさん達が付いてきます。
一列に並んで水中を行進するのは中々楽しく、気付けば力んでいた体が、良い具合に緩んでいきました。
『はーい、到着ー。カバさん列車は、これにて終了でーす』
池の縁に沿って一周すると、ティファニーママさんは、笑顔でこちらを振り返ります。
わたくしは、カバさん列車の乗客の皆さんと共に、お返事を返しました。それから、散り散りとなる子カバさん達を見送ります。
『さて、シロちゃん』
ティファニーママさんが、わたくしに向き直りました。
『そろそろ泳いで貰おうかと思うんだけど、いいかしら?』
その言葉に、シロクマの耳がぴんと立ち上がります。
けれど、先程のように体が硬くなる感じはしません。適度な緊張感が、全身に行き渡ります。
『はい、大丈夫です』
わたくしは、ティファニーママさんを真っすぐ見つめながら、しかと頷いてみせました。ティファニーママさんも頷き返し、池の真ん中へと移動します。
『じゃあ、あたしがいる所まで泳いできてみてちょうだい。泳ぎ方は何でもいいわ。時間が掛かってもいい。兎に角、ここまでくること。いいかしら?』
わたくしはもう一度頷くと、静かに息を吸い込みました。心を整えるように二度三度と呼吸を繰り返し、つと、後ろ足へ力を込めます。前足にも重心を乗せ、ゴールであるティファニーママさんを見据えました。
『いきます……』
心の中で己を鼓舞しながら、思い切り肺を膨らませます。入るだけ酸素を入れ、池の底を蹴り付けました。
そして、華麗に泳ぎ切る自分を頭に思い浮かべつつ、勢い良く水をかきます。
『えいやぁごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ』
一瞬で、全身が水に包まれました。必死で足を動かし、どうにか息苦しさから抜け出そうとします。
すると、肉球に、池の底が当たりました。
わたくしは、すぐさま底を蹴り飛ばし、己の体を水面まで持ち上げます。
『ぷはぁっ! げっほげっほっ! ごぇっほっ!』
『シロちゃーん? 大丈夫ー?』
『だ、大丈夫ですっ! 少々油断しただけですので、お気になさらがぶがぶがぶがぶがぶ』
まるで引きずり込まれるかのように、水中へと逆戻りしました。口や鼻から、泡が溢れ出ます。
わたくしは、慌てて足を暴れさせます。兎に角下へ向かって、四肢を突っ張りました。
そうしたら、またしても池の底が肉球に触れます。
今だ、と瞬時に察したわたくしは、渾身の力を込めて、飛び上がりました。
『ぶはぁっ! がっほがっほっ! ぐぇっほいっ!』
『シロちゃーん? 本当に大丈夫ー? 無理はしないで欲しいわー』
『む、無理などしておりませんよっ! わたくし、まだまだ余裕でぶくぶくぶくぶくぶくぶく』
あっという間に、水の中です。
どうにか四肢を動かし、浮上しようとしますが、思うようにいきません。池の底へも上手く足が届かず、蹴って飛び跳ねることも出来ません。
一体どうしたら、と慌てていますと、不意に、首根っこを引っ張られました。そのまま持ち上げられます。
『ふがぁっ! ぶぇっほぶぇっほっ! ばっふぉいっ! ぐふっ、お、おえぇっ!』
『はいはい、落ち着いてねシロちゃん。もう大丈夫よ。ゆっくり呼吸をしましょうね』
どうやら、ティファニーママさんに、首根っこを咥え上げられているようです。
ティファニーママさんは、咳き込むわたくしを、丁寧且つ迅速に池の外まで運んで下さいました。
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