30‐1.泳ぎのなんたるかです



 アマフェスの打ち上げで行われた飲み比べ対決は、結局引き分けで幕を閉じました。



 最初は、テーブルに突っ伏したまま動かなくなったレオン班長の負けかと思われました。ですが、クライド隊長の登場により、マティルダお婆様の意識がそちらへ奪われてしまった為、試合続行不可能として、引き分けとなったのです。



 ようやく終わりを迎えた勝負に、わたくしは心から安堵しました。反面、翌日の惨状に、ついつい生温い眼差しとなってしまいます。




 レオン班長は、案の定ベッドから起き上がれませんでした。二日酔いが辛いのか、声を掛けても尻尾の先がお返事代わりに揺れるだけ。それ以外の行動を、一切放棄していました。

 だから言ったではありませんか。そのようになるから、お酒は程々にしておいた方が良いと。



 因みに、今回は珍しく、マティルダお婆様も二日酔い気味です。一応動けはするのですが、朝起きてきた時のお顔が、若干憂いを帯びていました。口数も少なく、動きもどこか緩慢です。

 少々心配になりましたが、クライド隊長曰く


「自業自得だ」


 とのことですし、シロクマの子供に出来ることなどございませんので、生温く見守るに止めるとしましょう。




 さて。

 レオン班長とマティルダお婆様が体調不良というわけで、本日わたくしは、クライド隊長に面倒を見て頂くことになりました。



 と、申しましても、四六時中一緒にいるわけではございません。

 クライド隊長に連れられて、海上保安部の本部までやってくると、わたくしはすぐさま第三番隊に預けられました。どうやら、こちらで軍用カバさん達と過ごしつつ、クライド隊長の終業を待つようです。




『――そういうわけですので、本日はお世話になります、ティファニーママさん』



 わたくしは居住まいを正し、軍用カバさん達のリーダーである、ティファニーママさんに頭を下げました。



 ティファニーママさんは、耳を一つ揺らすと、大きなお口と円らな瞳を、優しく弓なりにされます。



『こちらこそ、よろしくね。シロちゃんがきてくれると、うちの子達も喜ぶわ。ゆっくりしていってちょうだい』

『はい、ありがとうございます。お言葉に甘えて、お邪魔させて頂きます』



 微笑み返すわたくしに、ティファニーママさんは穏やかに頷いて下さいます。その眼差しは、母性に溢れていると申しますか、温かさしかございません。




『それで、ですね、ティファニーママさん』



 わたくしは、徐に咳払いをしました。



『早速なのですが、折り入って、お願いがあるのです』

『あら、何かしら?』

『もし、お時間があれば、なのですが……どうかわたくしに、泳ぎを教えては頂けないでしょうか?』



 背筋を伸ばし、ティファニーママさんを見上げます。



 突然の申し出に、ティファニーママさんは、丸くした目をぱちくりとさせました。



『実は、わたくし……金づち、なのです……レオン班長に付き合って頂いて、泳ぎの練習をしているのですが、どうにも上達せず、悩んでおりまして……』



 ついついシロクマの耳が、しょんぼりと項垂れてしまいます。お顔も俯きますが、わたくしは息を吸い込むと共に、持ち上げました。



『ですので、海難救助のエキスパートたるティファニーママさんに、どうにかコツを習えないかと、そう思ったのです。どうかお願いします。わたくしに、泳ぎのなんたるかを教えて下さい』



 わたくしは、深々と頭を下げます。前足も揃えて、頷いて頂けるよう、気持ちを込めました。




『……顔を上げてちょうだい、シロちゃん』



 つと、優しい声が、落ちてきます。



 ティファニーママさんが、慈愛に満ちた笑みを浮かべていました。




『分かったわ。どこまで出来るか分からないけど、あたしで良ければ協力するわね』

『よ、よろしいのですか……?』

『勿論よ。頑張る女の子の頼みですもの。断るわけないじゃない』

『あ、ありがとうございますティファニーママさんっ。ありがとうございますっ』

『いいのよ、シロちゃん。寧ろ、頼ってくれてありがとうね。先生役に選んで貰えて、とっても光栄だわ』



 うふふ、と淑やかに微笑むティファニーママさんに、己の表情が綻んでいくのが分かります。急な申し出だったにも関わらず、快諾して頂けるだなんて。流石は海上保安部のビックマミィです。懐の深さが違います。




『じゃあ、早速始めましょうか。シロちゃん、ついてきてちょうだい』

『は、はいっ。よろしくお願いしますっ』



 わたくしは、ティファニーママさんに連れられ、歩き出しました。幼獣用運動場の一角へと、向かいます。

 すると、前方に子カバさんとそのお母さんが、複数組見えてきました。ティファニーママさんの養い子の姿も、ちらほらとあります。



 皆さんが集まっている場所は、運動場内にある池です。人工的に作られたもので、深さの違うものが三つ程ございます。お子さん達はこちらで遊び、その周りでは母カバさん方が子供を見守りつつ、雑談に花を咲かせていました。




『あ、ママだっ。ママーッ』

『シロもいるじゃん。こんちわー』

『こんにちは、皆さん。お邪魔しています』



 すれ違い様にカバさん達や養い子の皆さんとご挨拶を交わしながら、わたくしは池までやってきます。



 ティファニーママさんは、くるりとわたくしを振り返りました。




『じゃあ、シロちゃん。まずは、この子達と一緒に遊んで貰えるかしら?』



 と、子カバさんの中でも、年少に当たる方々を差し示します。

 お子さん達は、何だ何だ? とばかりに瞳を輝かせて、こちらを窺いました。



『最初はね、泳ぎどうこうよりも、シロちゃんがどういう風に水と接しているのかを見たいの。だから、この一番浅い池の中で、目一杯遊んでちょうだい』

『はい、分かりました』

『皆も、シロちゃんと遊んであげてね。シロちゃんは、この池に入るのは初めてだから、どうやって使ったらいいか、教えてあげてちょうだい。お願いしてもいいかしら?』



 はーいっ、と子カバさん達は、元気良くお返事します。それから、わたくしを連れて池に近寄りました。




『ん、なになに? シロちゃんここで遊ぶの?』

『いいなーっ。アタシも混ぜてーっ』

『オレもオレー』

『ボ、ボクも、一緒に遊びたいな』



 池について子カバさんから教わっていると、ティファニーママさんの養い子達がやってきます。

 賑やかさが増した所で、わたくし達は早速池へ飛び込みました。水しぶきを上げながら追いかけっこをしたり、水を掛け合ってはしゃいだりと、水辺の遊びを習いながら、いくつも行っていきます。



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